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旭山動物園、坂東元の伝える命

「ただのアザラシだよ!」 旭山動物園ブームの出発点

2015/11/27

今年は不安定な天気が続きました。寒さも少し早くやってきているようです。一面銀世界もすぐそこに来ているように感じます。皆さんは北海道の冬と言えば真っ先に何を思い浮かべるでしょうか?「流氷」を思い浮かべた方も多いでしょう。そうです、流氷と言えばゴマフアザラシ、近年では通年で北海道に留まるゴマフアザラシが増えてタコ漁などの漁業被害が増え問題になってきていますが、基本は流氷と共に北海道に南下し流氷の上で出産子育てをし、流氷が消えるころ北上するのが一年のパターンです。

子育ては3週間

アザラシの子育てはたったの3週間くらいです。約10キロで生まれ脂肪分の多い母乳を飲み3週間後には倍以上の体重になります。その頃には真っ白な産毛は抜け親と同じごま模様になっています。出産から3週間くらい経ったある日、お母さんは突然いなくなってしまいます。その後は浅瀬で自力で餌を探し食べることを覚え外洋へと旅立ちます。

図鑑などでゴマフアザラシは一夫一婦制と書いてあるのを見かけます。流氷の上に真っ白なゴマちゃんとお母さん、すぐ側の海面にお父さんが顔を出している…確かにそう見えるかもしれませんが、親子にまとわりつくオスは実は父親ではありません。

子育てを終えた雌はすぐに発情が来ます。来年に産む子を宿すためです。親子につきまとうオスは、いつ子育てが終わるのかを監視しているのです。子育てが終わり発情が来た時にわれ先に交尾をするためなのです。

外洋にでると出会いの機会が極端に少なくなる生活ゆえに確実に命を繋(つな)ぐための生理機能なのでしょう。寒い所で生きる生き物ほど曖昧な要素や感情が入り込む余地は少なくなっていきます。

ゴマフアザラシの子育ては3週間くらい流氷の上で行われる(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

近年流氷の観られる期間や範囲が安定しなくなってきています。流氷はアザラシにとって命のゆりかごです。そのゆりかごが沖に流されたり、早く消えてしまったりするようになってきました。

流氷は北海道の冬の観光の目玉のひとつですが、観光客がせっかく流氷を見に来たのに見れなくて残念だった、そんな声を園内で耳にすることもありますが、アザラシたちにとっては残念では済まされない事態なのです。今年の冬は寒い冬であって欲しいと願わずにはいられません。

ブームのきっかけ

さて、旭山動物園と言えばあざらし館のマリンウェイが代表的な施設になりました。2004年(平成16年)にオープンしたあざらし館、良くも悪くも全国区になり旭山動物園一大ブームを起こすきっかけになった施設です。

日本の動物園の歴史は珍しい生き物、客に受ける生き物を次々と導入することを続けてきた一面があります。生き物を物と同じ飽きられたら目先を変える、品を変えるある意味経済の仕組みと同じ発想で特定の生き物に価値をつけ見せ続けてきたのです。

その裏返しでつまらない生き物、見飽きた生き物を生み続けてきたとも言えるように思います。僕が就職した1986年(昭和61年)、旭山動物園は施設は老朽化し新たな動物を導入できないつまらない「金食い虫」のお荷物動物園でした。

ちょうど昭和の終わりから平成に入ったころに、コアラとラッコの大ブームが訪れました。さすがにコアラは北海道に上陸しませんでしたが、複数の水族館がラッコを導入し、ラッコ凄いよ可愛いよと宣伝をしました。マスコミも大々的に取り上げ北海道でもラッコ一大ブームになりました。

マリンウエイ(円柱水槽)を悠然と泳ぐゴマフアザラシ(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

ヒトは何事にも相対的な比較をする習性があります。凄い物が生まれるとそれまで普通であった物がとたんに色あせつまらない物に見えてしまったりします。当時は凄いラッコの対極として「ただのアザラシ」が生まれました。

旭山動物園には昔から傷病獣として保護されたゴマフアザラシを飼育していました。繁殖もしていました。施設はよくあるひょうたん型の浅いプールでした。お客さんはなぜかアザラシを観ると「ここにはラッコいないのかい?」と聞いてきました。

お荷物動物園になったとは言え当時も遠足では定番でしたから、子供たちの賑わいはありました。先生がクラス単位で子供たちを連れて歩き、ある程度動物を観たら「次にいくよ」と園内を回っています。

アザラシに来ると子供たちは大人の価値観のフィルターがかかってないのでアザラシをアザラシとして観ることができます。すると不思議がいっぱいでただ泳ぎ回るアザラシを見続けることができます。

耳はどこ?鼻はどうなってるの?鰭なの脚なの?でも先生は毎年見ていて見飽きた動物です。頃合いを見て子供たちに「次いくよ!」すると子供たちが「もう少しみたい」となります。

ラッコじゃないよ!

同じ問答を何回か繰り返ししびれを切らした先生が「これラッコじゃないよ!ただのアザラシだよ!」と言って子供たちをアザラシの前から引きはがして次に向かいました。先生と言うより当時は親が大人が「ただのアザラシ」としてみていたように思います。

あざらし館は北海道の小さな漁港をイメージして造られている(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

僕は大人がそんな価値観を持つのは千歩譲って仕方ないかもしれないけど、悔しかったのは先生の、親の「ただのアザラシだよ」を受けての子供たちの反応でした。「なんだただのアザラシだったの」とがっかりした表情でした。

大人の価値観が子供に移った瞬間です。こんな地球にしてしまったのは僕たち大人の責任、子供たちが違う未来を選択するためには、少なくとも子供たちが今すばらしいと感じた物をすばらしいと思い続けて大人になってもらうことなのではないか、そんな思いがありました。

さらに「ただのアザラシ」にしたのは命を預かる水族館でした。命の価値に差があるように見せ続けてきた結果でもあります。いつか見てろよ!絶対に水族館を「ただのアザラシ」で見返してやる、当時はできもしないだろうと思いながらもムラムラと闘争心がわき上がっていました。

坂東元(ばんどう・げん)1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)

大阪の海遊館で見た水中に石を投げ入れたように垂直に潜っていく姿、潜りながらも興味を持つとピタッと水中の一点に留まる姿、中性浮力どうなってんの? スターウォーズで見たレイア姫のホログラム……それらがふとひとつになってあのマリンウェイが生まれました。厳冬期には流氷を再現しました。

数を数えられない生き物たちが調和の中で食べる食べられるの関係の中でさえお互いの存在を認め合いながら生きています。生きている意味を持たない生き物はいません。数を数えられるヒトだけが調和を保つことができません。僕たちは淡々と「普通」の生き物たちの素晴らしさを伝え続けていきたいと考えています。

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