動きっぱなしの心臓、時々休憩してるって本当?
生まれてから死ぬまで、生涯止まることなく動き続ける、心臓。人の一生で、およそ20億回も脈打つといわれている。ドクドクと伝わる鼓動は、私たちが生きている何よりの証拠だ。
心臓は、心筋という筋肉でできている。ここで素朴な疑問。休みなしに脈打ち続けて、心臓は疲れないのだろうか? もし心拍と同じペースでスクワットをしたら、足の筋肉はすぐに悲鳴を上げてしまうだろう。
「いい質問ですね。実は心臓は、かなり頻繁に休みを取っています」
こんなふうに話し始めたのは、名古屋市立大学教授で、ストレス科学が専門の早野順一郎さん。ほぅ、心臓は休んでいると?
「ええ。うまく休める心臓ほど健康なのですよ」
息を吐くとき、心拍のペースは遅くなる
ヒトの安静時の心拍数は、だいたい1分間に60~70回(個人差も大きい)。平均すれば、1秒に1拍するぐらいのペースになる。
「でも厳密に測定すると、0.9秒から1.1秒ぐらいの間で揺らいでいます。特に睡眠中は、大幅に揺らぎます。拍動の間隔が伸びて拍動ペースが落ちたときが、心臓の休憩タイムです」(早野さん)
この現象は「呼吸性不整脈」と呼ばれる。不整脈などというと「病気なの?」と心配になるかもしれないが、これは正常な現象。むしろ健康な人ほど、大きく揺らぐ傾向がある。
ポイントは「呼吸性」という部分。心臓は、呼吸に合わせて心拍を変化させているのだ。
「心拍のペースは、息を吸うとき少し速くなり、吐くときは遅くなります。つまり、吐くときに休んでいるわけです」と早野さん。
なるほど。大人の安静時呼吸数は1分間に12~20回ほど。つまり、それぐらいの頻度で心臓は休みをとっているわけか。確かに、かなり頻繁だ。
肺呼吸をする全ての動物は、心拍が揺らいでいる
でもなぜ、吐くときに休むのだろう?
「呼吸の効率を落とさずに済むからです」
呼吸は、外気中の酸素を体内に取り入れるのが目的。息を吸ったときは、外気が取り込まれて肺の中の酸素濃度が高まる。一方、吐いたとき肺に残っている空気は、酸素が減っている。
酸素は、肺から血液中へ取り込まれて全身へ運ばれる。血液の流れを作っているのは心臓だ。心臓としては、肺の中に酸素がたっぷりあるとき(息を吸ったとき)が、働きどころ。ここで手を抜くわけにいかない。でも、息を吐いて肺内の酸素が減ったときは、頑張って血を巡らせても得るものが少ない。そこで、ここぞとばかりにペースを落とし、休むのである。
ふーむ。お見事……と言いたいところだが、その程度の違いで、休んだことになるのでしょうか?
「大違いですよ。その証拠に、カエルからヒトまで、肺で呼吸するあらゆる動物は、この揺らぎシステムを採用しています」と早野さんはいう。
早野さんによると、魚の心拍はほぼ一定で、揺らぎがないという。でも陸上で肺呼吸する全ての動物の心拍は揺らいでいる。動物の進化を考えるなら、心拍が揺らぐメカニズムを身につけた者だけが、地上に進出できたと解釈できる。
「そう。揺らぐ心臓を手に入れられなかった動物は、おそらく地上では生き残れなかった。それぐらい貴重なメカニズムです」(早野さん)
おもしろいのはカエルだ。オタマジャクシのときはエラ呼吸で、このとき心拍は揺らいでいない。だが脚が生え、肺呼吸へ移行する頃になると、脳の中に心拍の揺らぎを生み出す「疑核」という部位ができ、呼吸に合わせて心拍が揺らぎ始めるという。脳を作り変えてまで、わざわざ揺らぎを生み出しているのだ。
健康な心臓のために、メリハリのある生活を
「若くて健康な人ほど、心拍はよく揺らぎます」と早野さんはいう。揺らぎは加齢とともに減る傾向がある。緊張しているときやストレスを感じているときは揺らぎにくい。そして心不全で息切れしたり、頻脈になっていたりする人の心拍は、ほとんど揺らぎがないという。
また、お酒を飲んだりたばこを吸ったりしたときも、心拍の揺らぎは減る。こういった嗜好品がリラックスにつながると思っている人もいるだろうが、心臓にとっては、大事な休息を奪われる負担になるのだ。
なるほどー。そう言われると、気になるのは自分の心臓だ。心拍の揺らぎは自分でチェックできるのですか?
「厳密に評価するには、機械で測定する必要があります。でも人によっては、自分で脈を取るだけでも分かる場合がありますから、試してみるといいでしょう」(早野さん)
できるだけリラックスしているときの方がよく揺らぐので、就寝の直前か目覚めた直後、あるいは入浴時に試すのがベター。姿勢は、できれば横になった方がいい。そして手首の脈を取り、ゆったりと呼吸をする。吐いているときに、心拍がちょっとスローになるのが分かるかもしれない。
もちろん、これは非常に大まかなチェックなので、揺らぎが感じられなかった人も心配することはない。ただ、普段はよく揺らいでいる人があまり揺らがなくなった場合は、ストレスがかかっているサインかもしれない。そんなふうに自分の健康管理に役立てることもできるだろう。
では、よく揺らぐ健康な心臓を維持するには、何をすればいいのだろう?
「まずは、きちんと休みを取ること。心臓が安心して揺らぐことができるリラックスタイムを確保してください。その上で、定期的に運動することも大事です」(早野さん)
なるほど。体が休んでいるときは、心臓も休みやすい。心臓のためには、オンとオフのメリハリがある生活が大事なようです。参考にしましょう。
(北村 昌陽=科学・医療ジャーナリスト)
早野順一郎(はやの じゅんいちろう)
名古屋市立大学大学院医学研究科医学・医療教育学分野教授
1955年生まれ。名古屋市立大学医学科卒。81年から九州大学医学部精神身体医学講座に国内留学。心身医学を学びつつコンピュータプログラミングにはまる。90年米国Duke大学メディカルセンター行動医学研究所に留学。2003年より名古屋市立大学の医学教育改革を担当。07年より現職。専門はストレス科学と統合生理学。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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