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旭山動物園、坂東元の伝える命

動物の持つ能力を最大限いかしたい シロテテナガザルの腕渡り

2015/9/29

今年の夏も異常な天気が続きましたね。9月上旬にマレーシアのサバ州(ボルネオ島)に、昨年完成させたボルネオゾウのレスキューセンター第一期施設が稼働し始めたので行ってきました。

未来予測は前倒しされている?

晴天なはずなのにスモッグが掛かっていました。インドネシア側で大きな山火事が続いているためだと言っていました。エルニーニョ現象で乾燥が続いているのが原因のようです。10年後にはエルニーニョ現象が常態化するとも言われていますが、もうすでにその傾向が出ているのではと懸念していました。

ボルネオではエルニーニョで降雨量が減少してアブラヤシの収穫が減り、パーム油の生産量が落ちるのでは、との見方が出ています。さらに植物の一斉開花の時期と、昆虫の成長の周期である生活環にずれが出てきているらしく、開花しても結実しないため食べ物不足に陥り、オランウータンの出産サイクルにも影響が出ているようです。

結実の多い時期のリズムがなくなり、繁殖期、出産期がバラバラになり子供の死亡例や親の餓死が増えてきている可能性があるようです。未来の予測は確実に前倒しされるような危機感を覚えました。

さて今回はシロテテナガザルです。テナガザルの仲間はアジア圏に9種生息していてその中でもシロテテナガザルの運動能力は秀でています。体重は6キロ程度と軽いのですが相対的な筋力はとても強く、長い手を生かして木の枝にぶら下がり、振り子のように体を揺らし、10メートル離れた木の枝にも飛び移れると言われています。

Yの字形にぶら下がる父のテルテル(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

シロテテナガザルの新たな施設を建設したのが2009年の秋です。それまでは高さ3メートル程度の小さな檻の中で飼育していました。他の動物園などでもシロテテナガザルの連続した振り子のような動きを使って木から木へ移動する「腕渡り」ができる環境を見た覚えがありませんでした。

高い枝にYの字形にぶら下がり、腕を交互に出して動き回ることができる施設を具体化したい。しかも決して広くはない敷地の中でオープンな施設にしたい。できるだけ空間の高さや奥行きをいかした豊かな環境にしたい。木の枝のようにしなりを利用できるようにしたい……様々な思いを込め完成したのがこの施設です。僕の中では、自画自賛ですが傑作のひとつではないかと思います。

能力いかすはずの新施設で軽々と脱走劇

僕は施設を考える時、その動物が一番かっこうよく美しく見える姿ポーズを思い浮かべます。それは必ず動きの連続の中にあるのでその姿を具体化できれば、その動物の持つ感性や感覚や能力をより豊かに発揮できる住環境を作ってあげられたことになると考えています。

ゴマフアザラシは水中で垂直に立つ姿、ペンギンは真正面から見て翼がしなる水中を飛ぶ姿、カバならば水底をムーンウォークのような動きをする姿、オオカミは小高い岩の上で遠吠えをする姿です。

新しい展示施設が完成し初めて入れた日にいきなり放飼場の外へ飛び出した(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

忘れもしません。オープン前に初めて放飼場に出した日のことです。放飼場は三分の一が天井にも鉄格子がかけてあり天井にもぶら下がれる空間を最大限に使える作り、三分の二が天井のない壁を利用した空間です。

そのままでは壁の上に飛び乗れてしまう、つまり脱走の危険があるためにオーバーハングをつけました。オープン当時母親シラコと息子が2頭いたのですが、地面に近い放飼場への扉が開き、3頭一斉に外に出てきました。

一瞬周りを見回したと思ったら、長男がポンポンと壁を駆け上り、空中に向かって飛び、オーバーハングに手をかけ壁の上に出てしまいました。血の気が引きました。長男坊は脱走など考えているわけではなく、「こんな空間になったんだ、結構楽しいぜ」とでもいう風に高見からこちらを見下ろしています。

僕は慌てて裏に回り獣舎の屋根から長男坊のいるオーバーハングの上にたどり着きました。彼は慌ててまたオーバーハングに手をかけ振り子のように壁の休憩台に降りました。ほっと一安心していたら、今度は不意に次男坊がオーバーハングの上にいました。

動物は僕たちのような言語を持ちません。過去のこと未来のことを具体的に考えるには限界があって感覚や、感情として残る経験を積み重ねていきます。今という瞬間を把握、認識する能力はヒトの感覚では計り知れないものがあります。

野生では一瞬の判断の誤りが命取りになります。彼らは外に出て一瞬見上げただけでオーバーハングの距離や厚さを把握したのです。僕は手をかけるところが見えなければ落下して死につながる高さから空中に飛ぶはずがないと、こうした事態を想像すらしませんでした。

彼らの視界に見えているものを、ヒトとしてではなくテナガザルとして見たらどう見えているのか、ほんの小さな隙間が手がかりになると見えているのかもしれない。急きょ新しい獣舎の改造に取り組みました。

親は子をみている

その後長男、次男は他の動物園行き新たなペアを組み、母親は他界しました。今旭山動物園では新たなペアが生活しています。昨年6月にこのペアに子供の「こだま」が生まれました。テナガザルは一夫一婦制で子育てをします。もちろん母乳の出る母親がメーンで時々父親が面倒を見ます。

シロテテナガザルの一家。黒い毛が父のテルテル(右)、母のモンロー(左)にしがみついているのがこだま(撮影・桜井省司、提供・株式会社LEGiON)

数ヶ月で母親から少し離れて檻づたいをして遊び始めますが、飛び移ることはできないので、移動は親に抱かれてしかできません。母親は子が今どこまでならできるのかを常に観ています。自分の子の能力を理解しようとします。

昔の檻に囲まれた放飼場の時は、かなり早い時期から母親は子供から目を離すようになります。安全だからです。こだまは1歳を過ぎた8月に入り壁についている1.5メートル間隔の棒を自力で渡り始めました。

坂東元(ばんどう・げん)1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)

鉄棒の上に座り手を思いっきり伸ばして次の棒に飛び移ります。指が掛かり鉄棒にぶらんぶらんとぶら下がり反動を使って棒の上に座りさらに次の棒に飛び移ります。観ている僕もお客さんもヒヤヒヤものですが、母親が許しているのだから大丈夫なのだろうとどこかで信頼できてしまいます。その1週間後には親と同じように振り子スタイルで棒から棒に飛び移り、1人で鉄塔の側まで出てきて遊ぶようになっていました。

この施設があるからこそ、親子の絆が深まり、お客さんの感動も大きなものになっているように思います。子育ての負担が軽くなると次の排卵が始まります。再来年、いやもしかしたら来年にも次の子の誕生があるかもしれません。命はつながっていくのです。

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