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飲み過ぎて吐くのは、「生命維持装置」の発動 「指でのどを…」はNG

2015/7/13

日経Gooday(グッデイ) カラダにいいこと、毎日プラス

 酒をついつい飲み過ぎた、つまみの食べ合わせが良くなかった、そして、体調が悪かった……。左党に限らず、酒の身の上話で、誰しもが一度や二度は経験するのが「嘔吐(おうと)」だろう。そう、吐き戻してしまうことだ。酒を飲む上では、なんだか「失態をしでかした」感のある事態ではあるが、実は嘔吐は人間の生命を維持するための、優れた生体反応でもあったのだ!
酒を飲むと、嘔吐してしまうことがあるのはなぜか=PIXTA

 左党にとって、最も避けたいことの一つ。それは嘔吐であろう。

 せっかくおいしい酒を飲んでも、戻してしまっては台無し。だいいち、嘔吐しても、気分が悪いのはすぐに治らない。そんなことは過去に一度や二度、少なからず経験し、痛感しているのだが、それでもごくたまに嘔吐するまで飲んでしまうのが左党の悲しい性(さが)。もちろん、酒が弱い人もいるだろうし、その日に限って体調が悪かったとの原因だってあろう。

 左党でなくとも、少なからずの人が経験しているであろう嘔吐は、そもそもなぜ起こるのだろうか? 嘔吐のしくみに詳しい川崎医療福祉大学・医療技術学部の古川直裕教授に話を伺った。

 「嘔吐をするまでには、いくつかのプロセスがあります。まず気分が悪い(悪心・おしん)と感じると同時に、唾液が多く分泌するなどの『自律神経反射』が起こります。続いて、小腸から胃への逆ぜん動が起こり、一旦、小腸にある吐しゃ物を胃の中にためこみます。次に、呼吸が停止し、『レッチング』と呼ばれる吸息筋、呼息筋が同時に強く収縮する動きで強い腹圧をかけます。この時、上部食道括約筋(食道の口側の部分)と声門を締め、同時に吐しゃ物が腸に戻らないように幽門(ゆうもん・十二指腸につながる胃の下部)を閉じます。最後に上部食道括約筋を緩め、腹圧を使って、胃の吐しゃ物を一気に口から吐き出させるというのが、嘔吐するまでの一連の流れです」(古川教授)

■嘔吐は生命維持のために欠かせない仕組み

 そもそも嘔吐という生理行動は、古川教授によると「人間に備わる生理機序の中で、生命を維持するための最も重要な仕組みの一つ」なのだという。たしかに、体に良くないものを食べたら吐き出すというのは、生命を守るために必要な偉大な防御反応だともいえる。

 しかし、嘔吐の研究は動物実験に頼らざるを得ないために、ヒトの生理学としてはまだ解明されていないことも多いそうだ。古川教授によると、嘔吐の原因は、(1)腹部内臓刺激 (2)血液を介するもの (3) 前庭感覚刺激 (4)嗅覚、味覚、視覚性入力によるもの (5) 精神性入力によるもの (6)中枢神経の刺激によるもの、と6つのタイプに分類される。このうち酒が原因による嘔吐は、(2)に該当するという。

■我慢は不要!

 「酒を大量に飲み、血中のアセトアルデヒドの濃度が閾値(いきち)を超えると、延髄の最後野に存在する『化学感受引き金帯』という場所に信号が入ります。続いて、口腔(こうくう)咽頭反射や味覚、腹部臓器感覚に関与する孤束核(こそくかく)を通じ、嘔吐中枢へ信号が送られることで嘔吐が起こると考えられています。酒を飲み過ぎて嘔吐するのは、“体が緊急事態にひんしている”というシグナルなので、自然な生体反応に従って、吐けばいいのです」(古川教授)

嘔吐(おうと)は主に6つの要因で引き起こされる

古川教授の資料を基に編集部で作成した

 左党の中には、せっかく飲んだ酒を「絶対に戻すまい」と耐える猛者もいたり、人によっては「醜態をさらしたくない」と我慢したりすることもあるかもしれないが、これは体にとっては良くないらしい。

■指をのどに入れて強引に吐くのはNG

 一方で「早く楽になりたい」という理由で、指を口の中に入れて、無理に戻した経験は誰しもあるに違いない。しかし古川教授は、「これは極力避けるべき手段です」と忠告する。

複雑なプロセスを経て嘔吐にまで至る

腹部にある迷走神経の信号が、延髄に入り、これによって嘔吐をするための反応を体に引き起こさせる。図中にある「嘔吐運動CPG」とは、「中枢内のプログラムのことで、すなわち神経細胞の集まりです」(古川教授)。(出典:比較生理生化学、16(3)、1999年を基に改変)

「先に申し上げたように、嘔吐は究極ともいえる“生命維持装置”でもあるため、体にとっては大きな負担になります。吐しゃ物の中には胃酸をはじめとして、脂肪を溶かして消化管粘膜を傷める胆汁も含まれています。嘔吐後に、酸味を帯びたような喉の奥のつかえを感じるのは、胃酸による食道のダメージが少なからずあるためだと推察されます。嘔吐する前段階で、唾液を大量に分泌するのは、食道を胃酸や胆汁から守るためだと考えられています。ですがこうした準備が整わないうちに強制的に吐いてしまうと、食道を傷めてしまう原因になりかねません。過剰なアルコールを排出するためにやむを得ない場合はともかく、無理に繰り返して吐くことは避けるべきでしょう」(古川教授)

 では、「吐きたいけど、吐けない」ときは、どのようにすればいいのだろう?

 「科学的な裏付けがあり、気分が悪い時に最も手っ取り早く吐く方法としては、少し息をこらえて、においが強いものを嗅ぐというやり方があります。例えば、香水やキムチなどのにおいを嗅ぐことです。きっとすぐに嘔吐が起こるでしょう。ですが、いざというときにそうしたものが身近にあるとは限りませんので、水を2~3杯飲み、胃にさらなる刺激を与えて嘔吐を促すことが無難な方法かもしれません」と古川教授。

■深く酔った後の入浴は嘔吐の原因にも

 とここまでは、嘔吐の仕組みや、危険性について述べてきたが、古川教授は「同じ嘔吐でも、さらに大きな負担がかかるものがある」と付け加える。それが酔った後の入浴中に起こす嘔吐である。

 「深く酔った時に入浴すると、血流が急激に高まるために、突然、嘔吐することがあります。これはあくまでも私見ですが、アルコールによって脳機能がまひすることで、唾液を多く分泌するなどの自律神経反射が起こりにくくなり、それによって前兆もなく、いきなり嘔吐してしまうのではないかと思われます。前兆のない嘔吐は、食道裂傷を起こしやすく、ひどい場合には出血を伴う可能性があります」(古川教授)

 ひどく酔ってもなお、「風呂で汗をかいて酒を抜こう」と思う人は少なくないだろうが、それはあまりにも危険なのだそうだ。「特に泥酔した時などには、翌朝まで入浴を我慢したほうが賢明です」(古川教授)。

■胃液しか出てこない場合は危険信号の可能性も

 嘔吐を避ける事前対策としては、やはり悪酔いを防ぐことから。例えば、胃でのアルコール吸収速度を遅らせるため、飲む前にチーズなどのたんぱく質類を軽く入れておくことが挙げられる。

 万が一、胃の中に吐くものがなく、嘔吐を何回も繰り返すが、胃液だけしか出てこないような場合には、体が発する危険シグナルの可能性もある。「急性アルコール中毒の懸念もあるため、速やかに救急にかかることをお勧めします」と古川教授。嘔吐が治まる気配がなければ、とにかく素人判断は避けよう。

 左党にとって“飲み過ぎ”で病院のお世話になるのは、とてつもなく避けたい状況である。ドクターのお世話になる“最後の砦(とりで)”に至らぬよう、「酒の魔力に溺れない飲み方」を模索してほしい。

(葉石かおり=エッセイスト・酒ジャーナリスト)

Profile
古川直裕(ふるかわ なおひろ)
川崎医療福祉大学・医療技術学部臨床栄養学科教授
1979年、川崎医科大学助手を経て、2007年より現職。専門分野は「消化管運動、消化液分泌の自律神経性調節機構」「嘔吐誘発の神経機構」。現在は、消化管運動の生理学。日本生理学会(評議員)などに所属。

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