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旭山動物園、坂東元の伝える命

ゴンとザブコから始まった カバをつなぐ物語

2015/7/17

動物園はたくさんの命を預かっています。その命は必ず終わりをむかえます。動物たちの営みの本質は、生まれたら命を繋(つな)ぐ、つまり繁殖し命を次代にバトンタッチすることにあります。それぞれの動物らしく一生を過ごせるように、命のバトンタッチができるように、誕生から死までを大切にすること、それが命を預かる動物園の最低限の責任だと思い、施設づくりや日々の飼育に取り組んでいます。

その中でも大型で寿命の長い動物が最期を迎えた時、とりわけ深い感慨を抱くことになります。存在が無くなって初めて、関わり続けた職員たちや大勢の来園者の心にたくさんの思い出があったことに気づかされます。

■強じんなカバの繁殖力

1967(昭和42)年の旭山動物園開園当初からカバの夫婦を飼育していました。ゴンとザブコです。ゴンとザブコの間には7頭の子が成育しました。そのうちの2頭が神戸と韓国で立派な親となっています。

ゴンに餌を与える坂東園長(2006年撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)

ゴンが死亡したのは2011(平成23)年12月27日未明、47歳でした。変な話ですが、ゴンが亡くなった時、開園からずっと旭山に関わり続けてきた人間はすでにいなくなっていました。ゴンの目にはどのような景色が見えていたのだろうと気になります。

カバは繁殖力が強くオスとメスを同居させておくと次から次に子供ができてしまうため通常は別居飼育をし、もらい手などの目途をつけて計画的に繁殖させるのが一般的です。

僕が旭山動物園に就職したときに当時2歳の子供のカバがザブコと同居していました。とてもやんちゃで冬でもラッセル車のように鼻から白い息を吹き上げながら雪中を転げ回っていました。でもなぜかその子カバには名前がありませんでした。そう、計画的に生まれた子ではなかったのです。

当時は水中でしか交尾は成立しないというのが常識でした。厳冬の雪の中、寝室の扉を修理するために一日だけ放飼場でゴンとザブコを同居させました。すると、その一日で愛は実を結んでしまったのだと聞きました。生きるたくましさを教えてもらった気がしました。

すぐにでももらい手を探して他の動物園に引き取ってもらおうと決めていたので名前は付けずにいたのです。結局7歳まで母親と同居でした。

ゴンが死んだ年から、カバやキリンを飼育展示していた総合動物舎の立て替えの設計を始めました。旭山動物園では老朽化した施設の建て替えを1998(平成10)年の「もうじゅう館」から続けてきましたが、最後の大物が総合動物舎でした。

かば館で治療を受けるザブコ。ザブコは懸命の治療も届かず2013年49歳で亡くなった(提供・旭山動物園)

総合動物舎はただ姿が見られるだけで価値があった時代の古い施設でした。カバは浅いプールの中で過ごすだけ。カバは日中は水中で休み、夜になると上陸して草を食べる夜行性の動物だから日中は水中で寝ている、そう説明してきました。

そう解説をしながら果たしてそれだけなのだろうか?カバは水中で雌雄が出合い、出産し授乳する水中での営みがあるはずです。

カバは比重が重く沈むので泳げないといわれていますが、アフリカの川にも深みがあるはず。水中での生活に特化した水平に並ぶ鼻、目、耳を持つカバが深みがあると対岸に渡れない、そんなバカなことはない!

そんな思いが募りカバらしく暮らせる新たな施設を考えました。深みのあるプールを作ろう、そう決めていました。きっと浅いプールでは使うことのなかった秘められた能力が解放されるはず、そう確信していました。

2013(平成25)年に長崎バイオパークで生まれた2歳の百吉が来園しました。旭山の半世紀を見続けてきたザブコとこれからの半世紀を見続けるはずの百吉です。

ザブコはもう老齢で足腰も弱っていました。動物はヒトもそうですが年齢と共に保守的になります。とてもきつい段差があり狭い総合動物舎でもザブコには住み慣れた環境です。この年の秋に完成する新施設「かば館」に引っ越しをすべきか迷いがありました。

でも、百吉には深いプールを、ザブコには土の放飼場を、というワクワクするような構想がありました。ザブコに足の裏から伝わる土を感じさせてやりたい、旭山動物園で46年間コンクリートしか感じたことが無かったザブコに、土の感触がザブコも知らなかったよりカバらしい感性や感覚が覚醒すると思っていました。僕の中ではザブコに対しての最大のプレゼントであり「ありがとう」だと考えていました。

新施設がオープン

予定通り無事に引っ越して一週間。ザブコも戸惑いながらも順調になじみ始めた矢先、ザブコが寝室のプールに入る時に足を踏み外しました。重度の捻挫でした。必死の治療もむなしく浮力の掛かる水中でも体を支えることができなくなり49歳で一生を終えました。土を踏みしめることはありませんでした。

百吉は若く好奇心が旺盛です。寝室にもすぐに慣れ、いよいよ室内プールへの扉を開けました。なだらかなスロープで入水できる水深1.2メートルの場所まではすんなりと入っていきました。

かば館で泳ぐ旭子。水中の旭子は器用に足を使う(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON

ここからがカバの秘められた能力が目覚めるか、読み違えてないか、の勝負でした。カバは水中では泳ぐのではなく水底を歩きます。一番深い水底まではスロープではなくエイヤッと潜らなければいけない構造になっています。

百吉は、水中を見回しエイヤッとは潜りませんでしたが、浅い水深のプールの縁を歩き、深みの縁で足を踏み外しました。カッと目を見開き、芋虫のように体をくねらせ沈んでいきました。溺れた!ドキッとしました。

坂東元(ばんどう・げん)1961年旭川市生まれ。酪農学園大学卒業、獣医の資格を得て86年から旭山動物園に勤務。獣医師、飼育展示係として働く。動物の生態を生き生きと見せる「行動展示」のアイデアを次々に実現し、旭山動物園を国内屈指の人気動物園に育てあげた。2009年から旭山動物園長(撮影・桜井省司、提供:株式会社LEGiON)

でも水底に着地した瞬間、百吉は冷静になり、水面を見つめ地面を蹴りジャンプしました。まるで空を滑空するように、水面に到達し浅瀬に着陸しました。秘められたカバの能力が目覚めた瞬間に思えました。

昨年メキシコの動物園からメスの旭子を導入しました。百吉と旭子、ゴンとザブコが感じることができなかった感性や感覚、使うことのなかった能力を発揮し、輝き続ける命をたくさんの方に見続けてもらえたらと願っています。

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