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 職場でいじめられたり、処遇の不当さを感じたりしている人が、裁判ではなく第三者の判断を交えて話し合いで解決する「あっせん」制度を利用し、解決金を受け取って退職する例がここ数年増えている。勤め続けてストレスをためるより、金銭で解決し、新しい仕事を探す方がよいとする意識変化が背景にあるようだ。

2014年12月半ば。首都圏の中堅ブライダル関連業の女性管理職(40代)は、上司の女性部長に呼ばれ、切り出された。「あなたの部下は全員、あなたのやり方が厳しすぎてついていけないと言っている」。驚いた女性管理職が部下との話し合いを求めると「そんな段階は過ぎた」の一点張り。以後、通常業務の一方で、部長に管理能力のなさを指摘される日が続いた。精神的に不調を来した女性管理職が有給休暇を取ると、会社は給与を4割下げた。

別の企業に勤める夫は給与の減額に異常さを感じ、専門家に相談するよう助言。女性管理職は弁護士と特定社会保険労務士に相談し、社労士会の労働紛争解決センターにあっせんを申し立てた。2月末、約6時間の協議の結果、会社は自己都合退職を条件に解決金を若干増額した。「あっせんでは私の管理能力の有無は検証されず、心に傷は残る。けれど早く次の仕事に目を向けたかった」と話す。

あっせんは、裁判外の紛争解決手続き(ADR)の一種だ。個別労働紛争解決促進法によって国の労働局と都道府県労働委員会、ADR法・社労士法によって社会保険労務士会が場を設けている。根拠法は違うが内容はほぼ同じで、裁判が不法か否かで物事に白黒をつけるのに対し、あっせんは合意による「実情に即した解決」を目指す。年単位の時間がかかる裁判に比べ、結論が出るのが2カ月程度と早いのも特徴だ。

あっせん委員は学識経験者や弁護士などが担当し、1回の開催で合意を目指す。社員と会社が対立した場合の合意は、97%は退職を前提に解決金が支払われる形になる。労働局への申し立て理由をみると、以前は「解雇」がトップだったが、14年度は「いじめ・いやがらせ」が全5513件のうち1473件を占め、最多になった。

不当な処遇など、雇用管理への不満も申し立て理由に登場し始めている。4月には福井県の男性派遣社員(37)が派遣元・派遣先の双方を相手にしたあっせんがあった。派遣が可能な期間を過ぎても直接雇用の申し込みがなかったり、仕事は増えても給与が増えない待遇への変更を強いられたりしたことなどが不満だった。結局、男性は双方から計48万円を得た。

原則として、労働法に違反するような悪質な事例はあっせんの対象外になる。しかし、違反か違反でないかのグレーゾーンが絡む場合は扱われることが多い。

退職早め、次の仕事探しへ

解雇以外の申し立て理由の広がりについて、労働ADRに詳しい松山大法学部教授の村田毅之さんは「いじめやいやがらせは事実認定が困難で法廷で白黒をつけるのが難しいため、あっせんが選ばれている」とみる。働く人が声を上げることに抵抗を感じなくなってきたことも大きいという。女性のあっせん活用も目立つ。特定社労士の須田美貴さんは「思い切りよく申し立てる女性が目立つ。解決金をけじめに転職し、次に向かう意志が強い」と指摘する。

社労士労働紛争解決センター埼玉の模擬あっせんの様子。手前にあっせん人が座る(さいたま市浦和区)

社労士労働紛争解決センター埼玉の模擬あっせんの様子。手前にあっせん人が座る(さいたま市浦和区)

ただ、解決金の水準は決して高くはない。労働政策研究・研修機構が15日に発表した比較研究によると、解決金(中央値)は、労働局のあっせんが15万6千円強なのに対し、裁判上の和解が230万円と大差があった。いじめの場合、解決金が5万円という例もあった。多くの事例を手掛けた特定社労士の窪田義人さんによると「セクシュアルハラスメントが絡むいやがらせでは、解決金が数百万円になることがある。手当の不払いがある場合も多くなる」というが、全体的には水準は低い。裁判なら受けられる補償を逃がす可能性もある。

とはいえ、金銭解決の形を取りながらも、紛争を短時間で終息させるあっせんには、次の人生へと意識を向かわせる効果が大きいようだ。埼玉県社労士会副会長であっせん事例を統括する大野弘さんは「あっせんには専門家が間に入って説明し、申立人の気持ちを和らげて気持ちを前に向けていく効果がある」と指摘する。裁判など他の紛争解決の手段と比べながら、自分の希望にあった方法を選ぶとよいだろう。 (礒哲司)

◇        ◇

合意重視の審判、時間かかる訴訟

働く人と企業の間で仕事上の争いが起きた場合、あっせん以外の解決手段としては、労働審判手続きと民事訴訟がある。

労働審判は裁判所で開き、裁判官と民間審判員の計3人が原則3回以下の審理で調停または審判を実施する。合意を重視するので、金銭と引き換えに個人が退職することが多い。ただ、あっせんに比べ審理の回数が多いため、企業側の問題点が明らかになりやすい傾向があり、その結果として解決金が高くなるケースが目立つ。

民事訴訟は時間がかかるが厳密に違法・合法を問う。解雇案件では働く側が勝訴した場合、解雇無効と不払い賃金の支払い判決が出ることが多い。社員身分を保つ点が大きく違う。

現在、政府が検討中の「解雇無効時の金銭解決制度」は、社員が勝訴した場合に使うことを想定した制度だ。

裁判で勝っても職場の人間関係が壊れ復職が無理な場合などに、社員の選択で会社から金銭を受け取る代わりに退職する仕組み。過去にも法制化の動きがあったが、働く側に加え中小企業の反発が強く立ち消えになっていた。

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