だれが言い出したのかは知らないが、「ため息をつくと幸せが逃げる」なんて言葉がある。確かに、ため息を吐く姿って、いかにも疲れた感じでつらそうだ。「はぁ~」と息が漏れる音を耳にするだけで気がめいってしまうこともある。
だから一般的には、ため息にマイナスのイメージを抱いている人が多いだろう。
だが、体の機能の面から見ると、ため息はとても役に立つものだという。「幸せが逃げる」どころか、むしろ「体にいいもの」なのだ。
「ため息は、バランスが崩れた自律神経の働きを回復させようとする、体の作用。いわば、機能回復のためのリカバリーショットといえます」。順天堂大学医学部教授で、自律神経の働きを研究する小林弘幸氏はこう話す。
息を長く吐くと自律神経のバランスが整う
ため息がふと出るのは、心配事や悩みを抱えているとき。そんなときの体は、胸やお腹の筋肉が緊張して硬くなり、呼吸が浅くなっている。
すると、血液の中の酸素が不足気味になる。それを補うため、体は交感神経を働かせて血管を収縮させる。血圧を上げ、全身への酸素供給を維持しようとするわけだ。
「交感神経」は自律神経の一種。血圧や心拍数を高めて体を活性化する作用を持つ。一方、体をリラックスさせるのは「副交感神経」。両者はいわば、アクセルとブレーキの関係だ。
自律神経のバランスを保つのは、健康の基本だ。でも、心配事を抱えた人の自律神経は、どうしても交感神経優位に偏りがちなのである。
「ため息は、この偏りを解消します。息を『ふーっ』と長く吐くことで、浅くなった呼吸が深くなり、副交感神経がしっかりと働くのです」と小林氏は話す。
ため息が出る前 | ため息が出た後 | |
体の状態 | 胸やお腹の筋肉が緊張し、呼吸が浅い | 呼吸が深くなり、緊張がほぐれる |
血液の状態 | 酸素が不足気味 | 血管が収縮し、酸素の供給が増える |
自律神経の状態 | 交感神経が優位 | 副交感神経もしっかり働く |
ストレスで優位になった交感神経は2時間は元に戻らない
自律神経は、呼吸や心拍、血流、内臓の働き、体温調節といった、体のさまざまな働きをコントロールしている。その多くは、私たちの意識が及ばないところで稼働するため、働きぶりは意外と実感しにくいが、「自律神経がなければ、私たちの体は1秒たりとも生きていけません」(小林氏)というほど重要なものだ。
通常の生活サイクルの中で、交感神経と副交感神経は、一方が強まると他方が収まるといった具合に、シーソーのようにバランスをとりながら働いている。たとえば1日の中で、日中は交感神経が優位になって活動的な状態をつくり、夜は副交感神経が優位になって心身ともにゆったりする。状況に応じて両者の間をスムーズに行き来するのが健全な状態といえる。
「しかし、ストレスが多い現代社会では、交感神経優位に偏ってしまう人が多いのです」(小林氏)