ロシアで野生トラが増加、500頭超に
極東ロシアの沿海地方、ラゾフスキー自然保護区。レンジャーたちが急な斜面を下っていると、密猟パトロール班のリーダー、エフゲニー・シェレメチエフ氏が突然足を止め、雪面を指さした。まだ新しい、オスのシベリアトラの足跡がずっと先まで続いている。
「パトロール中、実際にトラを見たことはないんです。正直なところ、遭遇したくはありませんね」とシェレメチエフ氏は言う。
しかし、近いうちに彼も野生のトラに遭遇するかもしれない。ロシア国内でトラの個体数が回復しているらしいことが新たな調査で判明した。調査の精度が向上し、密猟と野生動物の違法取引に対する規制が強化されたことが功を奏したようだ。
ロシア天然資源・環境省によると、トラの亜種、シベリアトラ(アムールトラとも呼ばれる)が、現在シベリアと極東ロシアで480~540頭ほど生息しているという。国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定しているシベリアトラだが、423~502頭だった2005年の調査結果に比べると生息数が増えている。
セルゲイ・ドンスコイ天然資源・環境大臣は閣議で今回の予備調査結果を発表し、「15%という個体数の伸びは着実な変化だと考えます」と話した。最終報告は2015年10月に出される予定だ。「貴重なシベリアトラは危機的状況から脱したと言えます」と成果を強調した。
2014年末から2015年初めにかけて行われた個体数調査では、約2000人を動員して、およそ15万平方キロにわたり、足跡、ふん、樹木の爪痕といった痕跡を探した。トラを撮影するため、カメラトラップを仕掛けた場所もあった。
この調査はロシア政府、WWF、ロシアに拠点を置くアムールトラセンター、そして国や地方自治体のさまざまな機関が連携して行った。ロシアのプーチン大統領も、トラの保護を優先課題の1つに挙げている。
トラが戻ってきた
シベリアトラは、歴史的に極東ロシア、中国北部、朝鮮半島などを生息地としていた。1721年から1917年まで続いた帝政ロシア時代に密猟がはびこり、個体数が減少。経済的・政治的に激変が続いた1990年代にも再び密猟が活発化した。
個体数が回復傾向に転じたのは、1つにはロシアが密猟やトラの部位の違法取引に厳しい態度で臨むようになったからだ。天然資源・環境省やNGOによると、多くは中国が取引に関わっているという。また、ロシアはイノシシやシカといったトラが捕食する動物を増やすよう、国立公園や禁猟区で施策を講じてきた。
今回の個体数調査の結果、トラが最も多く生息しているのは日本海に面したロシア沿海地方と判明。天然資源・環境省の報告では、この地域の生息数は成体310~330頭、幼体70~85頭とされている。WWFロシア代表のイゴール・チェスティン氏は、ロシア南東端に位置する沿海地方では、2005年以降トラの個体数が3倍に増えたと話す。
アムールトラセンター沿海地方支部ディレクターのセルゲイ・アラミレフ氏は「推定ではなく、今はトラの個体数も、個体数の変遷も確実に把握できています」と自信を見せる。
アラミレフ氏は、今後は個体数調査のデータを使ってトラが減少している地域とその原因を見極めることが重要で、場合によっては、密猟や森林の違法伐採に対する警備の強化が必要になるかもしれないと指摘する。
「トラの生息数自体は500頭でも550頭でも、さほど重要ではありません。重要なのは、正確にガイダンスをするための情報なのです」と話すのは、ウラジオストクで活動するWWFの研究員パヴェル・フォメンコ氏だ。例えば、政府機関やNGOは新たな調査結果を活用することで、トラや生息地を保護するために何に注力すべきかを判断できる。
大型ネコ科動物の保護団体「パンセラ(Panthera)」でトラ保護プログラムの上級ディレクターを務めるジョン・グッドリッチ氏は、この調査を「ロシア政府が成し遂げた非常に大がかりな事業」と評価する。グッドリッチ氏は個体数調査には関わっていないが、もし大規模なDNA分析とカメラトラップがなければ、「発表された個体数は専門家の一意見にすぎず、正確性も疑われただろう」と話す。
グッドリッチ氏は、世界的に見れば「トラの個体数はこの5年間安定しているようだ」と語る。東南アジアでは過去10年で「大幅に減少している」ものの、「インドとネパールでは増加しているので、トータルでは個体数が維持されている」そうだ。
トラを脅かすもの
専門家によると、トラ全体の個体数は繁殖していくのに十分であるとする一方で、シベリアトラのような亜種のレベルで見ると、なお厳しい状況にあると警告する。極東ロシアでは今でも森林の違法伐採が後を絶たず、トラの生息地が破壊されている。それに加え、漢方薬に使われるトラの部位にも依然として大きな需要がある。
これに拍車をかけているのが原油価格の下落と、ロシアのウクライナ危機介入に対する西側諸国の制裁だ。これが引き金となってルーブル安が進み、高級毛皮となるクロテンなど、密猟された動物の闇市場での価値が下がっている。
フォメンコ氏は、今のところ法を犯してトラを狩るほど経済状況は逼迫していないとしながらも、「密猟者たちは今、新しい獲物を積極的に探しています」と懸念する。「猟師は狩りをしなければ生活できません」とフォメンコ氏。「家族を養うためなら、収入を得られる動物を標的にするでしょう。それが希少な動物であってもです」
(文 John Wendle、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2015年6月16日付]
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