「活版女子」じわり増加 活字が宿す伝えるチカラ
5月初旬、東京都新宿区の伊勢丹新宿本店で、女性クリエーターばかり11組の作品を集めた企画が催された。今や目にすることの少ない活版印刷を施した文具などの作品が並ぶ。手に取ると、どこか懐かしい。記者もその場で、母の日のプレゼント用にノートを注文した。
活版印刷は、鉛や木でできた活字を組み上げ、インクを塗って紙に刷り上げる。版画のようなイメージだ。手作り感が魅力で、各地でワークショップが盛んに開かれている。
母の日の贈り物にしたノートの表紙に「Arigato(ありがとう)」の文字を刷ってくれたのが、デザイナーの渡辺絵弥子さん。テレビ番組で紹介された米ニューヨーク市ブルックリン地区の活版印刷工房の様子に心を奪われ、渡米。約2年間、その工房で働き、帰国後、大手IT企業に就職した。アナログからデジタルの最先端への転身。しかし、自宅で小さな印刷機をいじると安堵する自分に気づき、再び、活版印刷の世界に戻った。
「どの印刷機を使っても、性格が出てしまう。ちょっとでも『えいっ』とやったり、インクを雑に塗ったりすると、そのまま印刷に出る。私のような大ざっぱな人間は修業しないと」と笑顔を見せる渡辺さん。古くからの技術を、新しい感覚で楽しんでいる。
渡辺さんと仲の良いデザイナー、鈴木千尋さんも活版印刷を愛する1人。レター用紙など活版印刷を使った作品を手がけながら、カメラで活版に関わる職人の姿を記録し続けている。「職人さんの道具や、職人さん自身が持つ物語に引かれる。ひょっとすると、いつか無くなってしまうものかもしれないから」
東京の江戸川橋から神楽坂、市谷に抜けるかいわいは、凸版印刷、大日本印刷の二大印刷会社に挟まれ、印刷関連の業種が集まっている地区。現在もプレス工場や大小の出版社がひしめくが、活版印刷用の活字そのものを鋳造する会社はごくわずかだ。その一つ、大正6年(1917年)創業の佐々木活字店では、現社長の息子で40歳の佐々木勝之さんが鋳造職人として働く。
勝之さんはもともと建設関係の仕事をしていた。4年前、先代社長の祖父が倒れたのをきっかけに活版印刷の世界に入った。フェイスブックで呼びかけて見学会を開いたり、デザイナーと組んで新しい活版印刷の可能性を探ったり、あらゆることを試みてきた。活版印刷を使おうという機運の高まりを感じつつも「ブームとしてはもう終わっている。本当に活版を残すのはこれからが勝負」と言う。
活版印刷の未来をどう描くのか。佐々木活字店で長年働く塚田正弘さんは「本来は、凹凸がないように平たんに印刷するのが職人の腕の見せどころ」としながらも、「今のデザイナーの人たちは、紙にでこぼこした感じで印刷するのを好む。それも新しい考えだ」と期待を寄せる。
「大事なメッセージを1枚の紙に刷って伝える。例えば、そういう使い方なら、アナログの活版印刷はデジタルよりはるかに強い」。伊勢丹新宿本店で活版女子の企画を立てたEast Tokyo Studio(東京・千代田)代表の呉藤伸二さんはこう訴える。デジタル表現が隆盛するこの時代だからこそ、活版印刷が輝く余地が広がるのかもしれない。
(映像報道部 桜井陽)
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