「がんでも妊娠したい」 進歩する治療法、支援の輪も

日経ヘルス

一昔前までは、がんになったら治療が最優先で、治療後の妊娠は諦めざるをえなかった。だが、2015年1月に厚生労働省の研究班が若年者のがんや小児がんの患者向けサイトを開設するなど、近年はがんの治療法に加え、生殖医療技術も進歩している。患者が希望すれば、可能な限り将来の妊娠を支援する動きが広がってきた。

女性のがんで治療や年齢によって不妊になる恐れがあるのは、乳がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、白血病などの血液がんだ。「乳がんでは、抗がん剤治療や長期間のホルモン薬治療の影響で、治療後に閉経したり排卵がなくなるリスクがある。他のがんも同じだが、治療が一段落したら出産したい人は、治療前に主治医に気持ちを伝えることが大切」と、国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科の清水千佳子外来医長は話す。

2014年9月には乳がん分野で、患者の将来の妊娠の希望を医師が確認し、治療の選択肢を示したり、必要に応じて生殖医療の専門医を紹介すべきといった医師向け指針書が発行された。それを受けて治療後の患者の妊娠に目を向ける医療機関が増えている。背景には、がんが治って社会復帰する人が増えたこと、不妊治療など生殖医療技術の進歩などがある。

■妊娠の可能性を残す生殖医療の例

【受精卵または卵子を凍結保存】
抗がん剤治療前に卵子を採取。結婚している人は夫の精子も採取し体外受精で胚(受精卵)にし、出産可能な時期になったら胚を子宮に移植する。未婚者は卵子を凍結保存する。胚のほうが妊娠成功率は高い。未婚者の卵子保存を受け付けていない生殖医療機関もある。保険はきかず自費診療で、例えば、聖マリアンナ医科大学病院では採卵・培養約26万円、胚凍結保存料(5個以下)約6万円、更新料約4万円、凍結胚融解・胚移植約11万円。

【卵巣組織ごと凍結】
手術で卵巣を片方取って特殊加工し凍結保存、出産可能な時期に移植する方法。薬物治療開始が迫っていても対応でき、卵巣内の卵子を数多く温存できるのが利点。がんの手術とは別に手術が必要で、研究段階の治療法であるという欠点も。日本では現時点で約20施設が実施。がん以外の病気での出産例は報告されている。保険はきかず、例えば、聖マリアンナ医科大学病院では、卵巣組織凍結保存が60万円、更新料約5万円/年、卵巣組織移植60万円。

子宮、卵巣など妊娠に直接関わる臓器のがんでは、進行度によっては子宮や卵巣を全部取らなければならないが、ごく早期ならこれらを残せる可能性もある。

血液がんでは、抗がん剤治療と全身放射線治療で月経や排卵が止まる恐れがあるので、1回目の抗がん剤治療の前に卵子を採取する人もいる(下表)。

(監修:聖マリアンナ医科大学産婦人科 鈴木直教授)

ただ、受精卵の凍結など妊娠の可能性を残す生殖医療には公的保険が効かず、高額なのが難点。乳がんや子宮がんは治療法によっては、妊娠の可能性を残すためにがんの治療が不十分になる覚悟を強いられることもある。

「がんとわかっただけで患者さんはパニックになる。それなのに、自分の病気についてや、現時点で卵巣機能は保たれているか、将来子どもが欲しいかなど、考えるべきことは多い。最終的に子どもを持たないと決めたとしても、主治医と相談したうえで、自分で選択したなら後悔は少ない」と清水外来医長は話す。

■妊娠を希望する人が、がんの治療前に主治医に確認しておきたいこと
□自分がかかったがんはどんな病気か、今の進行度で出産・子育ては可能な状態か?
□自分の受ける治療法とそれが卵巣に及ぼす影響は?
□現時点での卵巣の状態は?
□現在の計画では何歳で治療が終わる?
□妊娠の可能性を残すための選択肢とその費用は?

生殖医療の施設と連携する病院も増え、信頼できる情報源も増えている。「あのとき知っていれば」と後悔のないようにしたい。

■将来妊娠を望むがん患者に役立つ情報

◎妊よう性(妊娠可能性)温存について相談できる医療機関リスト
⇒日本がん・生殖医療研究会のサイト
http://www.j-sfp.org/

◎「小児・若年がんと妊娠」サイト
⇒厚労省の研究班が開設した若年者のがん、小児がんの患者向けの情報
http://www.j-sfp.org/ped/

◎患者向け冊子『乳がん治療にあたり将来の出産をご希望の患者さんへ』
⇒乳がん患者向けに分かりやすく、がんの治療や妊娠への影響を解説
http://www.j-sfp.org/public_patient/breastcancer.pdf

◎『乳がん患者の妊娠出産と生殖医療に関する診療の手引き2014年版』(金原出版)
⇒医療者向けだが、主治医と治療法を相談する際に役立てている患者も

■この人に聞きました

清水千佳子さん
国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科 外科医長。1996年東京医科歯科大学医学部卒業。2012年より現職。専門は乳がんの薬物療法。厚生労働省の研究班の代表者として、『乳がん患者の妊娠出産と生殖医療に関する診療の手引き』を作成。

(ライター 福島安紀)

[日経ヘルス2015年6月号の記事を基に再構成]

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