モレッティ、ヘインズの快作 新人ネメシュの衝撃カンヌ映画祭リポート(3)

映画祭前半の週末、コンペティション部門には大物監督の作品が相次いで登場した。共にパルムドール受賞監督であるイタリアのナンニ・モレッティと米国のガス・ヴァン・サント。そして米国のトッド・ヘインズの新作である。

ハリウッドとネオリアリスモの衝突が笑える「マイ・マザー」

社会を冷徹に見すえ、人間を温かく見守る。ナンニ・モレッティの映画を一言でいうとそういうことになろうか。「マイ・マザー」はそんなモレッティの魅力が詰まった、愛すべき新作だった。

ナンニ・モレッティ監督「マイ・マザー」

マルゲリータ(マルゲリータ・ブイ)はイタリアの女性監督で、レイオフ反対闘争中の工場を舞台にした劇映画を撮っている。入院中の母親は回復の見込みがなく、失業中の夫(ナンニ・モレッティ)が介護に協力してくれるが、病状が気になって仕方がない。

そんな時、米国人俳優バリー(ジョン・タトゥーロ)が現場入りする。工場を買収した経営者の役だ。この男、ホラ吹きで自信家で手がかかる。そのくせイタリア語のセリフは覚えられず、演技は大げさで芝居がかっている。リアリズム指向のマルゲリータには許しがたい。

ハリウッドスターを戯画的に描きながら、ヒロインもいかにもネオレアリスモを継ぐイタリア人監督らしく描いており、この衝突にゲラゲラ笑える。その一方で仕事と親の介護の両立という、身近で深刻な今日的問題を生々しく描いている。働く女性も、その夫も、身につまされるに違いない。モレッティの快作だ。

これまで体験したことのない恋に落ちる「キャロル」

トッド・ヘインズ監督「キャロル」は、監督のスタイルを明確に打ち出した快作だった。原作はミステリーの大家パトリシア・ハイスミスの初期作品で、いわゆるレズビアン小説。1951年に発表された当時は別の作家名で刊行された。

トッド・ヘインズ監督「キャロル」

フォトジャーナリストを目指してニューヨークに出たテレーズ(ルーニー・マーラ)は百貨店の玩具売り場でアルバイトをしていて、娘にプレゼントする人形を探しに来たキャロル(ケイト・ブランシェット)と出会う。エレガントでどこかミステリアスなキャロルに魅せられるテレーズ。キャロルは夫と離婚訴訟中で娘の親権を争っていた。孤独なキャロルに小旅行に誘われたテレーズはこれまで体験したことがない恋に落ちていく。

しゃれた格子柄の画面からカメラが引いていくと、排水溝の蓋となり、さらにカメラが引くと、クリスマスセールでにぎわう50年代のニューヨークの街頭が現れる。アメリカの豊かな時代を細部まで丁寧に描き出しながら、保守的な社会に窒息させられる女性たちのあがきを浮き彫りにする。「エデンより彼方に」(2002年)で見せた擬古典主義ともいえるスタイルは健在で、なおかつ時代や社会の深層に迫っている。プレス向け上映では温かな称賛の拍手に包まれた。

マコノヒーと渡辺謙のわたりあいが見ものの「樹海」

ガス・ヴァン・サント監督「樹海」の舞台は富士山麓の青木ケ原。米国の科学者アーサー(マシュー・マコノヒー)が、命を絶つためにこの自殺の名所にやってくる。ところが樹海の中で、けがをした日本人タクミ(渡辺謙)と出会う。タクミは自殺を思いとどまり、家族に再会するために、樹海の出口を求めてさまよっていた。アーサーはタクミを助けて、共に歩きながら、自分の人生をもう一度見つめ直す。

ガス・ヴァン・サント監督「樹海」

物語の大半が樹海の中で進行し、その合間にアーサーの回想が織り込まれる。「ダラス・バイヤーズ・クラブ」で米アカデミー主演男優賞を受けたマコノヒーと渡辺謙のわたりあいが見ものだ。ただ、脚本は野心的だが、映像で十分に語りきれていない感があり、結末に甘さも残った。プレス向け試写ではブーイングが飛んだ。

ガス・ヴァン・サントに海辺のテラスで話を聞いた。「青木ケ原という場所を1つの拠点とし、そこからおとぎ話のように想像を広げていった」とヴァン・サント。マコノヒーが東京に着くシーンは実地でロケをしたが、樹海のシーンは主に米国で撮影した。「渡辺謙は優れた俳優。ユーモアのセンスがあり親切だ。日本のことをいろいろ話してくれて、参考になった」と語った。

引き裂かれた存在の葛藤を見事に視覚化する「ソールの息子」

一方、新人監督の長編第一作でありながら圧倒的な衝撃力をもっていたのがハンガリーのラズロ・ネメシュ監督「ソールの息子」だ。

主人公ソールはナチスのユダヤ人収容所で、ハンガリー系ユダヤ人でありながら大量虐殺の手伝いを強制させられているゾンダーコマンドの一員。列車で運ばれてきたユダヤ人たちの衣服を脱がせ、ガス室に誘導し、残された衣服を処分し、金品を集める。殺りくが終われば、ガス室の床を掃除し、折り重なる死体を運び出し、山積みにして焼却し、灰を集めて川に捨てる。そんな汚れ仕事のさなか、ソールは息子の遺体を見つける。愛する息子だけは人間らしく葬ろうと考えたソールは遺体を隠し、ラビ(聖職者)を捜す。

ラズロ・ネメシュ監督「ソールの息子」

衣服の背にソンダーコマンドの証しである大きな赤い×印を付けられたソール。カメラはその背後に張り付き、ソールの行動を延々と追い続ける。裸で追い立てられる人々、ガス室に折り重なる死体、山積みの死体の焼却といった地獄絵のような光景は視界の隅にぼんやりと映っているが、カメラの焦点はソールの顔と手元にピタリとあわされている。その表情や汚れ仕事を大写しする。このカメラアングルによって、引き裂かれた存在であるソールの葛藤が見事に視覚化されるのだ。

近未来社会の無慈悲を描く「ロブスター」

ギリシャのヨルゴス・ランティモス監督「ロブスター」の独特のイメージにも驚いた。

近未来社会では独身の男女は逮捕され、「ホテル」に送られる。彼らは45日以内に結婚相手を探すことを義務づけられており、できなければ動物に身を変えられ、森に放される。絶望した主人公は「ホテル」を抜け出し、森に逃げる……。

「ホテル」のスタッフのマニュアル的な応対、機械的で無慈悲な処罰、支給される衣料量販店で売っているようなシャツとドレス。管理社会のイメージが次々と繰り出される。設定はとっぴだが、イメージそのものは現実世界とそう変わらない。そう考えると怖くなる。

(編集委員 古賀重樹)

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