出産し退院した途端、頼れる人がいない心細さ

日経DUAL

働きながらの妊娠を経て赤ちゃんと向き合ったときの戸惑い、夫との気持ちのズレ、ジイジ、バアバとの関係、ママ友とのトラブル…。悩みや不安はつきないものです。そんなママ達が今まで誰にも聞けなかった本音の問いかけに対して、「育児ストレス」や「育児不安」を様々な形で支援してきた大日向雅美先生が答えます。本コラムは『悩めるママに贈る心のヒント』(大日向雅美監修/NHK出版編・2012年刊)から、お届けします。

出産という大きなイベントを乗り越え、かわいい赤ちゃんと対面したとき、どんな気持ちになりましたか? きっと、これまでにない感動を覚えたことでしょう。大きなお腹を抱えて「よっこらしょ」と暮らしていた毎日からようやく解放され、ほっとした方も多いかもしれません。

しかし、自宅に戻ってからの赤ちゃんとの生活は、妊婦のとき以上に大変なことばかり。これまでの生活では想像もつかなかったことが次つぎと起こります。先が予測できず、見通しが立たない。予定通りに動けない。初めてのできごとにどう対応したらよいのかわからず、右往左往したり、不安になったりすることでしょう。

赤ちゃんとあなたとの出会いは「現実との遭遇」です。しかも、赤ちゃんと暮らす日々は、謎めいた迷いの森へ放り出されたようなものかも知れません。まずは森に慣れ、森を知ることから始めましょう。

とにかく不安。何がわからないかさえわからない

「とにかく不安。何がわからないかさえわからない」――これはきっと、ママなら誰もが感じる思いですね。出産直後はホルモンバランスも崩れ、心も体も不安定になります。それに加えて、初めてのことばかり。私も不安でいっぱいでした。

「何がわからないかさえわからない」ときは、誰に何を聞けばよいのかわからず、具体的なアドバイスにもたどりつけません。ですから、さらに、正体不明の漠然とした不安に包まれてしまうのです。わからないことがたくさんあるのは、子育ての森に入った証です。初めての森の中は薄暗く、霧がかかったようにも見えることでしょう。おそろしい形の影におびえ、ちょっとした音に眠れないこともあるでしょう。でも、その正体が木の枝や鳥の羽ばたきだとわかれば、あとできっと笑い話になるはずです。

まず「何がわからないか」「知りたいことは何か」をはっきりさせてみませんか。すると、調べることや行くべきところがわかり、少しずつでも行動を起こすことができます。

母子手帳や、地域の子育てガイドブックなどを見返してみてください。妊娠中には目にとまらなかったことでも、出産後だからこそ役立つ情報がたくさん見つかります。子育てガイドブックは「迷いの森」の地図のようなものです。まだ目を通していない人も、ぜひこの機会に手に取ってみてください。

母子手帳には赤ちゃんの成長に関する情報がありますから、この先の子育ての全体像をつかむことができます。3カ月、半年、1年経てばこんなことができるようになるのか、とこれから先の様子を想像することができるでしょう。成長の様子や、具合が悪いときの記録をつけておくと、健康診査や診察を受けるときにも役立ちます。

地域の子育てガイドブックもなかなかのすぐれものです。予防接種や健康診査の時期、公園、児童館や子育てひろばなどの情報、困ったときの相談先など、子育てに必要な地域の情報がたくさん載っています。隅ずみまで読む必要はありません。どこに何が書いてあるかだけ押さえておいて、必要になったら丹念に読めばよいのです。市区町村のホームページなども時間のあるときに目を通しておきましょう。

何事も、初めてのことは不安でいっぱいです。落ち着いて対処できる人はそう多くはありません。困ったときには右往左往していいのです。実際に右往左往を繰り返すうちに、経験が積み重なり、落ち着いて対処もできるようになります。そして、だいたいの見当がつくようになるものです。

ただし、体調面の不安には素早い対処が必要な場合もあります。

夜間や休日に急な病気やけがなどで困ったときは、地域の子育てガイドブックなどに掲載されている救急診療所やテレホンサービスに電話をしたり、厚生労働省による小児救急医療電話相談事業を利用しましょう。

この電話相談事業は全国どこからでも、「♯8000」を電話でプッシュすれば、住んでいる都道府県の窓口に通じます。小児科の医師や看護師に適切な対処の仕方や受診する病院などのアドバイスを受けることができて、安心して行動できますよ。

退院後、お医者さんも看護師さんもいない自宅に帰るのがコワイ

出産後でも、病院で過ごしている間は、心配事はそれほどなかったことでしょう。家事をする必要もなく、安心してゆっくり体を休めることができたはずです。

赤ちゃんの抱き方、おむつ交換の仕方、母乳の与え方、ミルクの作り方など、看護師さんたちが手取り足取り優しく教えてくれますし、授乳の時間には声をかけてくれます。赤ちゃんの様子で心配なことも、医師や看護師に質問すればわかりやすく答えてもらえたのではないでしょうか。

しかし、退院したとたん、親である自分1人で、もしくは家族で判断しなければなりません。「どこに寝かせればいい?」「部屋の温度はこれで大丈夫?」「どうして泣いているの?」「ミルク、足りてるのかしら……」と、心配事はつきません。

こうした事態を想定して、先輩ママや友人に失敗談や対処法をたくさん聞いておくとよいでしょう。心構えもでき、いざというときに余裕が持てます。また、いつでもすぐに相談できる人、かかりつけの小児科、電話の相談窓口などをリストアップしておきましょう。不安なことがあるとき、心配なときには、まず、信頼できる専門家に相談しましょう。森のガイドのような頼れる人がたくさんいると、心細さも少しは軽くなるはずです。

私が娘を出産したのはずいぶん前のことですが、今でも忘れられないことがあります。退院した翌朝早く、子どもが突然吐いてしまったのです。どうしていいかわからず、入院していた病院の産科に駆け込みました。ところが看護師さんいわく、

「退院された方は産科の管轄外なんですよ。小児科は9時からですから、そちらにどうぞ」

つい昨日まではこの病棟にいて、ナースコールを押せば「どうしました?」と優しい笑顔で飛んできてくれた看護師さんの、あまりの変身ぶりが本当に悲しく、心細くなったのを今でもよく覚えています。

今はこのような対応はないとは思いますが、日本の医療の遅れを痛感した経験でした。私がかつて一時、暮らしていたイギリスでは、母親たちは出産後2日ほどで退院しますが、退院後は自宅にヘルスビジター(訪問保健師)が訪問してくれて、さまざまな相談にのってくれます。心配なことやわからないことがあれば、いつでも電話で相談できますし、必要に応じて頻繁に訪問してくれるため、安心して自宅で赤ちゃんと過ごすことができるのです。日本でも生後4カ月以内に助産師や保健師が訪問する「こんにちは赤ちゃん事業」がありますが、イギリスほど制度が整っているわけではありません。今後、少しずつ改善されていくよう、私たちも声を上げていかなければなりません。

大日向雅美(おおひなた・まさみ)
1950年生まれ。恵泉女学園大学大学院教授。専門は発達心理学(親子関係・家族関係)。1970年代初頭のコインロッカー・ベビー事件を契機に、母親の育児ストレスや育児不安の研究に取り組む。2003年よりNPO法人あい・ぽーとステーション代表理事として、また子育てひろば<あい・ぽーと>の施設長として、社会や地域で子育てを支える活動にも従事する。著書に『母性の研究』 (川島書店)、『子育てと出会うとき』(NHK出版)、『「子育て支援が親をダメにする」なんて言わせない』(岩波書店)など多数。(プロフィール写真/尾崎誠撮影)

[日経DUAL 2015年3月12日付の掲載記事を基に再構成]