海外育児体験、フィンランド人の夏は1カ月森で過ごす
私がフィンランドで暮らすことになった理由
初めまして。安藤由紀子です。私がフィンランドの建築設計事務所に勤務することを決め、単身でヘルシンキに向かったのは2006年の春のこと。それ以前は、日本で意匠系の建築設計事務所に勤務していました。
そろそろ事務所を移るか、今後のキャリアをどうしようかと考えていたころ、上司から「ヘルシンキの建築設計事務所に勤務できるかもしれない」という話を聞いたため、手を挙げました。当時の上司である建築家が日本フィンランドデザイン協会とつながりがあったのです。
「1年もしくは2年ほど海外で経験を積みたい」と考え渡欧したのですが、想像以上に居心地がよく、3年、4年とあっという間に時は流れていきました。
やがて、同じく建築家のドイツ人男性と結婚し、その後2011年にヘルシンキで長男を出産。そして2014年、8年間過ごしたヘルシンキを離れて日本に帰国しました。
フィンランドは最初の数年間は一人暮らし、その後は二人暮らし、そして最後の3年ほどは家族3人の生活と、私にとって人生の転機を過ごした国となりました。
子育て中は午後4時に帰る
ヘルシンキでの生活で最初に驚いたことは、フィンランド人の働き方です。
意匠系(建物の配置やデザインなどを決める建築分野)の小さな建築設計事務所でも、基本的に所員は8時間勤務。本当に8時間で、残業はほとんどありません。
日本でも建築設計の仕事をしていた私には、当時単身だったこともあるのでしょうが、深夜までの勤務はごく自然のものでした。特に小さな設計事務所の長時間勤務は、自分の経験からも、さらに他事務所の話を聞いてもひどい状態でした。
ヘルシンキで生活を始めて、「ああ、この仕事を続けていてもプライベートな時間を十分に持てるのだ」と不思議な気持ちになったことは忘れられません。結果的に8年も滞在することになったのは、最初のこの驚きが一番の要因であったかもしれません。
では、なぜ8時間で仕事が終わるのか、日本人にはとても不思議なことかもしれませんね。ですが、身を置いてみると何も特別なからくりは無いのです。
ただ、仕事相手も午後5時、6時には帰ってしまうことが多く、ましてや子育て中であったら午後4時には帰ってしまうこともあるため、仕事を合理的にこなしていきます。日本人より割り切りというか、線引きがはっきりしていて、「私の仕事はここまでなので、この時間内でできる仕事の内容、方法を選択する」という考え方です。
そして、日本と比較すると首都であるヘルシンキでも時間がゆったりと流れています。一概には言えませんが、絶対的な仕事量も日本ほどは多くない傾向にありますし、もちろん付き合い残業という概念は全くありません。「仕事は自分の生活の一部ではあるが、全部ではない」という考え方が一般的なので、長時間勤務を強いるような環境は生まれてこないのです。
それでも建築設計事務所はフィンランドの社会全体から見れば、勤務時間が長くなることもありました。でもそれは、緊急の事態で急ぎの対応が必要になったとき、コンペの提出前などと限定されていました。
夏休みは家族で1カ月間、湖と森での自然生活
さらに驚かされたのは1カ月の夏休みです。
6月20日ごろの夏至からお休みモードになり、7月の1カ月間はどの職場もガラガラ。仕事相手も休みを取るので、この時期は働いても仕事はあまり進みません。国中がお休みモードになるのです。
何をするかというと、ほとんどの家族が「モッキ」と呼ばれるサウナのある別荘=サマーコテージに行き、湖で泳ぎ、森の中を散策してサウナに入り…と、家族でゆったりとした時間を過ごします。多くの家族がサマーコテージを所有しているのです。
サマーコテージというと、日本であれば軽井沢辺りの大きな別荘を想像するかもしれませんが、たいがいは小さな木造の素朴な森小屋です。電気、水道が引かれていない別荘も珍しくはありません。湖と森とサウナがあり、家族との時間を過ごせればそれで十分なのです。
モッキでの生活は夏休み前から既に始まっています。暖かくなってくると、金曜の夕方に都心を離れ、月曜日までモッキで過ごす人が多いのです。
フィンランド人の生活はとてもシンプル
一見、優雅で裕福そうに感じられる余暇の過ごし方。「フィンランドでは他にすることが無いからだよ」と言うフィンランド人もいました。
「もちろん自然は大好きだけど、休みはあっても、旅行をすればお金はかかるし、この小さな国では娯楽施設もあまり多くない。だから森の中でサウナに入り、湖で泳ぎ、ゆったりと自然に囲まれて過ごすんだよ」と笑いながら話していました。
確かに、基本的にフィンランド人の生活は質素というか、とてもシンプルです。日本人と比較すると食生活も消費行動も質素です。ですが、長い休暇を取り、ただゆったりと自然の中で過ごす時間を持っているのです。
外国人夫婦である私たち家族は、モッキを所有していませんでしたが、夏の1カ月はやはり有意義な家族の時間でした。どちらかの故郷に帰国して、現地の親戚や家族と過ごしたり、文化を楽しんだりする時間が十分にありました。また、ヘルシンキで夏を過ごすときには、知人のモッキに泊まって、フィンランド式の夏も楽しみました。
建築家/1級建築士。個人住宅、幼稚園、保育園の園舎、公共施設などの建築設計に携わってきた。2006年より仕事でフィンランドへ。ドイツ人男性と結婚し、2011年にフィンランドで出産。2014年に帰国し、現在は日本在住。1児の母。
(構成 岩辺みどり)
[日経DUAL 2015年3月31日付の掲載記事を基に再構成]
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