「全員総合職」という革命 損保ジャパン日本興亜
トライ&エラー 女性活躍先駆企業
「対外的に役職は重要なんですね。名刺を交換したときに相手の表情が一瞬変わるんです」。高松市にある高松支店法人支社の中條美恵子さん(37)は、はにかみながら話す。2014年7月に業務課長に昇進した。00年の入社時は事務を担う一般職採用。管理職に就けないはずだった。「課長になるなんて想像していなかった」と振り返る。
転機は09年。上司に「営業に出てみないか」と声を掛けられた。一般職の廃止を会社が検討し始め、新たな働き方を探る試行ケースに推された。入社から10年間、書類処理や業績の集計などを担当し、外回りをする男性営業を内勤で支えてきた。自ら外に出るとなれば数値目標を課され責任は格段に重くなる。ためらいもあったが、提案を受け入れた。OA化が進み、定型的な事務は減っていた。「今の仕事がいつまであるか分からない」
「自分にできるのか」。不安を抱えながらのスタートだったが、思った以上に営業が性に合った。相手の希望を親身に聞き、それに添った提案をすれば契約につながる。「努力が数字で表れる。内勤時代になかった仕事のやりがいを感じた」。営業実績を上げ、主任、副長、課長代理、課長と瞬く間に駆け上がった。
14年9月に合併で誕生した損保ジャパン日本興亜。合併会社の一つ旧損害保険ジャパンは03年に女性活躍推進に舵(かじ)を切った。人事部に「女性いきいき推進グループ」を設置。育児休業の拡充や夫の転勤先への配置転換制度など女性が働きやすい制度を整えた。
その一方で新たな課題が浮上した。一般職女性の戦力化だ。主に男性が総合職として基幹業務を担い、女性は一般職として定型的な業務を担当するコース別人事制度を1990年代から運用してきた。結婚や出産による退社が減り、働き続ける一般職が増えた。いつまでも定型的な業務を任せていては働く側のモチベーション維持も難しい。
「女性活躍は経営戦略。存分に力を発揮できるようにすべきだ」。桜田謙悟社長(現損保ジャパン日本興亜ホールディングス社長)の方針で10年に同制度を廃止。居住地域に配慮しつつ、一般職も基幹業務や管理職に就けるようにした。
廃止当時、総合職は約6千人でその9割が男性。一般職は約8千人でそのほとんどが女性だった。仕事上の役割で両者の垣根はなくなった。会社は冒頭の中條さんのようなモデルケースを各職場に広げ、新しい働き方のPRに努めた。それでもすべての一般職女性が制度改定を前向きに受け止めたわけではない。廃止直後に旧ベテラン一般職約500人に人事部は面談した。すると半数は「何をすればいいのか。将来が描けない」と戸惑いを示し、管理職を目指したいとする女性は3割にとどまった。
「どこまで仕事の幅が広がるんだろう」。特約火災保険部の高林由希子さん(42)も不安を感じた一人だ。2人の子どもを持つワーキングマザー。家庭との両立がしやすいと一般職を選んだ。05年生まれの次男は当時まだ就学前。仕事にブレーキを掛けていた。
職場での役割はコース別人事制度廃止で変わった。契約申込書を処理して証券を出す事務的な仕事を以前は担当していたが、今は商品説明のために国内出張にも出る。不安は完全に解消したわけではないが、新しい役割に徐々に慣れてきた。高林さんは「かつては指示に従って動けば良かったが、今は『君はどう思う?』と意見を求められる。仕事の可能性が広がった。子どもが手を離れるに従い、少しずつ仕事の比重を高めていきたい」と話す。
一般職の意識改革に会社も対策を打っている。キャリアアップ研修を手厚く実施、女性同士が様々なテーマで話し合い悩みを共有できる交流会なども定期的に開く。本社の基幹部門に半年間"社内留学"して専門的な知識などを学ぶ機会も一時的につくった。
現場を任される管理職の役割も重要だ。本店企業保険金サービス部の桜井淳一部長(53)は部内に14年4月、旧一般職女性中心の課を2つ新設した。事故などが起きたときに保険金を支払うのが部の業務だ。「それまでは旧総合職と旧一般職が各課に混在していた。それでは旧総合職を頼りにし、旧一般職女性がいつまでも育たない」と思ったからだ。
2つの課には計13人の正社員が所属し、うち12人が旧一般職女性。ほかに計43人の契約社員もおり、その指導・管理も委ねた。「一般職出身はそこまでできない」。反対する声もあったが、押し切った。トップには経験豊富な課長を据え、フォロー体制も整えた。
ここまで2つの課は順調に成果を上げている。顧客から事故報告が来て保険金を支払うまでに部全体は平均1.3日要しているが、2つの課は平均0.7日で済んでいる。処理しやすい案件を優先的に回していることも一因だが、信頼して任せたことで個々のやる気を引き出せた。
「事務で入ったのになぜ私が顧客交渉や保険金の支払いまでしなければいけないのか」。そう思っている女性がいることも承知している。もっと上の仕事ができる能力があるのにグループから抜け出すことを嫌って挑戦しない傾向も見て取れる。多少荒療治でも背中を押すことが肝心だという。「挑戦してうまくいけばそれが自信になり、やりがいに変わる」と桜井部長は強調する。
損保ジャパン日本興亜グループの女性管理職比率は現在約6%だが、20年度末30%の目標を掲げる。旧一般職女性のやる気を引き出し、活躍の場を広げる工夫がその実現には欠かせない。「女性自身とそのマネジメントを担う男性管理職双方の意識改革がカギを握る」(人事部)
(編集委員 石塚由紀夫)
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