職場健診、受けなければそれで済む? 答えはNO
会社勤めを続けている限り、避けては通れない職場の健康診断。自覚症状のない病気を見つけてくれるのはありがたいが、仕事に追われるなかで再検査を受けるのはできれば避けたいのが人情。異常値を指摘されたとしても、どこまで生活を見直せばよいのか、いまひとつ釈然としない人も多いだろう。この記事では、各種検査への臨み方や結果の見方、検査後の対応など、誤解交じりで語られやすい職場健診についてわかりやすく解説する。
A:いいえ。職場健診は法律で実施を定められたものであり、従業員にも受診する義務がある。
「仕事が忙しい」「受診は面倒」といった理由で、職場健診を受けていない人、できれば受けたくないと思っている人もいるかもしれない。
職場健診を受けないとどうなるのか。青山学院大学大学院などで労働法関連の客員教授も務める、弁護士の岩出誠氏に聞いてみた。「企業には従業員の健康管理義務があり、すべての従業員に対して入社時と毎年1回、医師による定期健康診断を実施することが義務付けられています。これは労働安全衛生法で定められており、従業員にも受診義務が課せられています」
つまり、職場健診の受診は法律上の義務であり、本人の意思で受診するかどうかを決められるものではないということだ。
会社から職場健診を受けるよう注意されたにもかかわらず、無視して受けないままでいると、会社側は懲戒処分の措置を取る場合もあるという。戒告(厳重注意)やけん責(始末書を提出させて戒めること)が一般的だが、過去には受診拒否が続いて減給処分などの重い処罰を受けた例もあった。
「減給処分の場合は、1回の減給額が平均賃金の1日分の半額までと、労働基準法で定められています。仮に月給が30万円だとすると、1日の賃金の1万円の半額、5000円の減給になります。金額としては大したことはないと感じるかもしれませんが、処分としては重大です」(岩出氏)
労災の損害賠償が減額されることも
職場健診を受けないと、懲戒処分となる可能性以外にも、大きなデメリットが生じ得る。
職場健診を受けないことで生じるデメリット
会社から懲戒処分を科せられる可能性がある
戒告(厳重注意)やけん責(始末書を提出させて戒めること)が一般的だが、減給処分や出勤停止といった重い処罰を受けることもある。
労災と認められない場合がある
過労などで病気になり、本来なら労働災害保険の補償対象となる場合でも、職場健診を受けず、治療もしていなかった場合は、労災認定を受けられないことがある。
損害賠償請求で、過失相殺として賠償金を減額されることもある
会社に労災の損害賠償などを請求する場合に、職場健診を受けていなかったことを理由に、過失相殺として賠償金を減額されたケースもある。
例えば、過労や職務上の作業などに起因する病気の場合、通常は労働災害として、いわゆる労災保険の補償対象になる。また、こうした病気の責任を求めて、会社に損害賠償を請求するケースもあるだろう。こうしたときに、職場健診を受けていなかったことで、本人の責任も問われる場合があるのだ。
「特に、脳疾患や心疾患など健診の検査項目と関連のある疾病では、健診を受けていなかったことが自己の健康管理義務を怠っていたとみなされ、労災と認定されなかったり、過失相殺として賠償金を減額されたりする判例も多くあります」(岩出氏)
どんなに忙しいときでも、職場健診は面倒がらずに受けておくことが、自身の健康と立場を守ることになるということだろう。
ただし、従業員には医師選択の自由が認められている。会社の指定した医師や医療機関での受診を希望せず、自身で人間ドックを受けているような場合は、その結果を証明する書面を会社に提出するといいだろう。
(田村知子=フリーランスエディター)
弁護士、ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー
1973年千葉大学人文学部法経学科(法律専攻)卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科入学。東大民事判例研究会、東大労働法研究会に所属し、主に医療事故、労働災害などを含めた各種現代災害・事故に関する損害賠償法、労働保険法を中心として責任保険法、労働基準法を研究。同年10月に司法試験合格。75年同大学院修了後、最高裁判所司法研修所を経て、77年東京弁護士会入会。86年岩出綜合法律事務所を開設。2001年から現職。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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