女性管理職増やすなら、「優しさの勘違い」正すべし
日経BPヒット総研所長 麓幸子
女性管理職比率が低下、遠のく政府目標「2030」
2020年まであとわずか6年。「2030」の道は、まだ険し……。
この欄でも毎回のように触れている「2030」。
2020年までに指導的な地位に占める女性の割合を30%にするという政府目標のことであるが、その実現がまた遠のくような調査結果が発表された。厚生労働省が2014年8月19日に発表した2013年度雇用均等基本調査によると、企業の課長相当職以上(役員含む)に占める女性の割合は6.6%となり、2011年に比べ0.2ポイント下がった。係長相当職では12.7%(プラス0.8ポイント)、課長相当職では6.0%(プラス0.5ポイント)と微増となったが、部長相当職では逆に0.9ポイント減らし3.6%となった。
前回調査までは、部長、課長、係長とも少しずつではあるが増加していたが、今回は部長相当が値を下げ、頭打ち状態となった。また、課長相当職以上の女性管理職(役員含む)を有する企業割合は56.0%で、2年前より0.7ポイントしか増えていない。つまり女性管理職が一人もいない企業割合は44%にも上り、それは前回よりほんの少ししか改善されていない。
「女性管理職が少ないあるいは全くいない理由」として、「現時点では、必要な知識や経験、判断力等を有する女性がいないため」(58.3%)、「女性が希望しないため」(21.0%)、「将来管理職に就く可能性のある女性はいるが、現在、管理職に就くための在職年数等を満たしている者はいないため」(19.0%)、「勤続年数が短く、管理職になるまでに退職するため」(16.2%)が、上位にきている。
日本において管理職とは、長期雇用を前提に、入社後、配置転換と昇進という横の移動と縦の移動を繰り返しながら育成・登用することで誕生する。日本の昇進システムには欧米に比べて「遅い選抜方式」という特色があり、入社15年前後という、かなり遅い時期に部長以上の中枢幹部への選抜が行われる。つまり、女性管理職を増やすためには、採用段階でも女性がおり、その女性たちが退職することなく育成され、技能や知見を身に着けて登用されるという、「採用→育成→登用」という人材のパイプラインを構築することが重要だ。
現在の女性管理職比率の数値は、過去どのくらい採用・育成したかということの反映であり、また、将来どのくらい登用されるのかということをも示す数字である。本来であれば、登用に加速をつけ、いわばグラフの機首をグッと上げる時期なのに、現在すでに頭打ちであれば、「2030」はおぼつかないとみたほうがよいだろう。
ポジティブアクション取組企業割合も11.7ポイント大幅ダウン
もうひとつ、同調査で気になる数字があった。ポジティブアクション(男女労働者の間に事実上生じている格差の解消を目的とした各企業の自主的かつ積極的な取り組み)の進捗状況を聞いたところ、「取り組んでいる」企業の割合は20.8%と、前回の2012年度調査よりもなんと11.7ポイントもダウンしているのである。
2011年31.7%、2012年32.5%であるからその落ち込みぶりは目立つ(今回から調査においてポジティブアクションに取り組まない理由に「男女にかかわりなく人材を育成しているため」「女性が少ないあるいは全くいない」の項目が新たに追加された影響も考えられる)。
もちろん、「男女の格差はもうありません、十分女性は活躍しています」という理由で取り組みを終了したということもありえるが、全体の頭打ち感をみているとそれは考えにくい。女性登用の頭打ち、さらには、ポジティブアクションの取組企業割合の大幅ダウンをみて、筆者は、これは、すわ、バックラッシュの兆しかとも思った。
1986年に男女雇用機会均等法が施行され、80年代後半、女性総合職が華々しく登場した。しかしその後のバブル崩壊があり、「総合職女性」という新たな人材を企業は上手に育成できず、また、妊娠・出産という大きなハードルの前に女性総合職は撤退を余儀なくされて、結局女性の社会進出は進まなかった――そんな二の舞いにならないだろうか。政府がこぞって女性活躍を進めているにも関わらずの頭打ち状態。逆に「こんなに手厚く処遇しているのに、女性は昇進したがらない。女性のパフォーマンスが悪い。やっぱり女性はダメなんだ」式の構図が生まれないかと、筆者は危惧している。
「女性活躍推進の機運が盛りあがる中、調査結果は政策がまだ十分に浸透していない状況を明らかにした。特に女性管理職比率は、大企業では上昇傾向にあるものの、100人未満の企業では低下傾向にあるなど、全体的に中小企業での取り組みに課題があるようだ」と指摘するのは、法政大学教授の武石恵美子氏。女性活躍推進の必要性が、中小企業においては、組織全体として共有できない企業が多いということの表れであり、ポジティブアクションに取り組む企業が中小企業で減少していることも同様の背景という。
「ポジティブアクションに取り組まない理由として、『女性の意識が伴わない』という女性サイドの問題に帰する企業割合が増えているのも気にかかる。女性の仕事への意欲は、企業の女性活躍の取り組みと表裏一体の関係にあることを留意すべき。女性活躍推進の経営的な意義を特に経営者が認識することが重要だ」(武石氏)
「脱パターナリズム」が女性活躍推進のキーワードになる
2014年7月20日、札幌・北海学園大学で開催された第44回日本労務学会(会長・白木三秀早稲田大学教授/プログラム委員長・佐藤博樹東京大学教授)のテーマは、「女性の活躍の場の拡大:課題は何か、いかに促進すべきか」であった。学会のシンポジウムにおけるひとつのキーワードが「パターナリズム」であった。
神戸大学教授・平野光俊氏は、「結婚や出産後は退職して家事・育児に専念することが女性にとっての幸せだ」という固定観念と、「出産を経て退職した女性は大変そうだから責任のある仕事はさせない」というパターナリズムが男性側にあり、その「優しさの勘違い」(パターナリズム)を反映した「両立支援」と「職域限定」によって女性のキャリアを停滞させてきたのではないかと仮説を立て、実証研究から、「優しさの勘違いをなくせ」と結論づけた。
平野氏の結論はこうである。
(2)男性管理職の「優しさの勘違い」をなくせ― 男性上司の「出産を経て復帰した女性部下は大変そうだから責任のある仕事をさせない」という「優しさ」の勘違いが、女性の昇進効力感を制限し、女性管理職の成長を阻害している。
(3)キャリア開発を通じてエンパワーメントを高めよ― 「仕事の有意味感」と「社会へのインパクト」の醸成が、女性の昇進効力感を高める。女性社員のキャリア形成において、若いうちから社会的意義を実感できるような仕事の醍醐味を経験させることが求められるのではないか。
今、企業の女性活躍推進において重要なのは、女性の就業継続率を高めて、女性管理職候補の母集団を厚くし、優秀な人材を管理職に登用することである。大企業を中心に両立支援制度が整えられ、妊娠・出産では辞めずに定着するという傾向が出てきた。母集団形成のところまではできつつあるのだが、問題はその母集団に昇進意欲のある女性たちが少ないということだ。
「育児休業制度などの両立支援策は女性の定着には効果を発揮するが、均等推進とは相性が悪い。出産後に仕事を休ませることに解決策を求めても、女性が長期にわたって職場で活躍することにはつながらない」(平野氏)
パターナリズムは初任配属から弊害を生む
女性活躍を推進するためには、両立支援制度、そして職場全体の長時間労働を是正し、労働生産性を高めるワークライフバランス(WLB)施策は欠かせない。家事・育児・介護などを女性に任せて無制約に働く男性の働き方(これを外資系製薬会社MSD人事部門HRマネージャーの金沢成美氏は「男働き」と称していたが、言い得て妙である)を基準とすることから脱しないといけないが、それだけでは、女性は働き続けることができたとしても活躍にはつながりにくい。
そのためには何が必要なのか? 筆者は、平野教授が指摘するように、女性社員のキャリア形成において、「若いうちから社会的意義を実感できるような仕事の醍醐味を経験させること」が有効だと思う。若いうちとは初期キャリアといわれる30歳までの段階である。
しかし、ここにも男性のパターナリズムによる弊害が生じている。男性と同じ総合職・基幹職で採用された女性が、男性と同じように育成されているかどうか疑問である。
初任配属に男女で偏りはないか。付与される仕事に男女の差はないか。配置転換のタイミングは同じなのか。女性は職域が狭められていないか。先行研究では、就業継続リスクのある女性は、たとえ同じ総合職であっても早期段階から配置転換などで男性と差が生じる多くの事例(地方銀行、製薬会社研究職など)が報告されている。
「こんなきつい仕事を与えては女性がかわいそう」「これでは女性が泣くかもしれない」「会社を辞めてしまうかもしれない」「女性を昇進させると縁遠くなり不幸になるかもしれない」などなどの男性上司の余計なお世話と優しさの勘違いで、男性にはチャレンジングな成長を実感できるような仕事を与えるのに、女性には成長実感が乏しい簡単な仕事を与え続けてはいないか。いくら入社時に優秀であった女性でもそのようなことが続けばモチベーションも下がろうというもの。会社に展望を持てず去る女性も少なくなかろう。初期キャリアで出会う男性上司のパターナリズムから脱した育成意欲と育成行動が重要なのである。
増える男性管理職の意識変革を促す研修
雑誌「日経WOMAN」では、企業の女性活用度調査を実施し、毎年「日経WOMAN女性が活躍する会社ベスト100」として発表しているが、同2014報告書より上位ランキング企業の事例を見てみると、男性管理職の意識改革を重視する企業が増える傾向にある。
高島屋のケースを見てみよう。高島屋は2014年総合ランキング10位で、代表取締役専務・営業本部長は肥塚見春氏。同社は大手百貨店で初の女性代表取締役を有する女性活躍企業だが、しかしかつては女性登用には課題があった。
「以前は売り場に配属された男女の仕事が違うということがあった。男性は計数管理や上司について取引先を訪問するなどマネジャーの補佐的な仕事が多かったのに対し、女性はレジの金銭管理や販売に必要な用度品の管理といった販売員の仕事が多かった。また、女性が社内の会議に出席する機会もあまりなかった。当社は男女同一処遇だが、現場の上長の仕事のアサインの仕方にこのように男女差があった」(広報・IR室担当課長・内山勘一氏)
同社はこのように課題を抽出し、それを解決するための施策を打った。重要な会議メンバーには女性を意識的に参加させ、OJTなどの教育も強化したことで、社員の意識、とりわけ女性社員の意識が変わった。また、2013年より「女性管理監督者育成研修」を実施、次代を担う女性の管理監督者の育成を目標にキャリア形成に必要な能力開発を開始した。これまでは研修も男女同一が前提で、女性に限った研修は同社では珍しいという。さらに、男性の管理監督者向けに女性のキャリア形成に向けた育成方法を学ぶ研修も計画している。管理監督者を目指す女性に必要な能力を身に着けさせるために、上長は日常的に男女の区別なくどのような課題を課したらよいかなどを学ぶ機会にしたいという。
他にも、「女性活躍推進のためには管理職の意識改革が必要」(セブン&アイ・ホールディングス)、「グル―プ全体のダイバーシティ取り組みの6項目のひとつに、現・管理職の意識・行動変革を挙げている」(イオングループ)、「今後、管理職の意識改革を施策として実行したい」(野村証券)、「マネジメントの意識改革は重要。2008年から管理職の意識改革のための研修を実施している」(アクセンチュア)など、ランキング上位企業は男性管理職への取り組みを進める。
JTは、多様性推進、女性活躍推進の観点から、経営層や男性管理職への取り組みを強化している。7月3日には、全国の上位管理職約120人を対象に、多様化推進セミナーを実施した。世界的大企業の経営者100人以上をコーチするエグゼクティブ・コーチングの第一人者、マーシャル・ゴールドスミス博士を講師に迎えた大規模なものだった(写真)。
「多様化と女性人材育成に当たり、『どのような視点を持ち行動すべきか』『自ら変わっていこう』というきっかけを持ち帰って、実践の糧として有益なものにしてほしい」というのが経営層の狙いだったが、世界的に高名な識者からの直接の指南は参加者に大変好評だったという。一方で、同社は、国内の管理職約1200人全員を対象としたダイバーシティ研修も実施、現場を指揮する管理職の意識変容も促進する。
「当社は2014年3月時点で女性管理職比率が2.2%(JT単体)であるが、2018年には5%程度、2023年には10%程度を目指すというマイルストーンがある。その実現のためにも管理職の意識の変革は重要と考えている」(多様化推進室長・金山和香氏)
高島屋をはじめとする先駆的企業の事例のように、自社の課題を的確に抽出し正しく分析した場合に奏効性の高い施策を打つことができ、結果として、女性活躍推進が加速される。
「女性活躍を進める上での具体的な課題は、自社にとってどこになるのか(採用なのか、定着なのか、意欲向上策なのか)を分析把握して着実に進めることが必要で、こうした取組を政策としても支援していくことが求められる」(武石氏)
日経BPヒット総合研究所長・執行役員。日経BP生活情報グループ統括補佐。筑波大学卒業後、1984年日経BP社入社。1988年日経ウーマン創刊メンバーとなる。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2014年より現職。同年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師(キャリアデザイン論・ジャーナリズム論)。経団連21世紀政策研究所研究委員。経産省「ダイバーシティ経営企業100選」サポーター。所属学会:日本労務学会、日本キャリアデザイン学会他。2児の母。編著書に『なぜ、女性が活躍する組織は強いのか?』(日経BP社)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日経新聞出版社)などがある。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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