五輪男子マラソンで力走する大迫傑選手

給水地点で見えた大迫選手の戦略

さて、五輪最終日に行われた男子マラソンでは、大迫傑選手(ナイキ)が 2012年のロンドン五輪以来となる6位入賞を果たしました。一方、猛暑の影響もあり、中村匠吾選手(富士通)は62位、服部勇馬選手(トヨタ自動車)は73位という悔しい結果に終わりました。

「8月8日のマラソンを現役選手としてのラストレースにします」と大舞台の直前に公言した大迫選手は、五輪をそう位置付けることで自身を追い込み、覚悟を持って挑み、先頭集団を最後まで懸命に追いかけた粘り強い走りを見せて、見事な有終の美を飾ったと思います。やり切ったように、少し笑顔を見せ、沿道に手を振ってゴールした姿も印象的でした。

彼は「東京五輪で自分はどう走るか」を真剣に考え、イメージし、自分の意思で冷静な判断をして走ったと思います。特に印象的だったのが、位置取りでした。今回のコースは反時計回りの周回コースだったので、道路の左端を走ればカーブを曲がるときに最短距離を走ることができます。序盤、先頭集団の中を走っていた服部選手をはじめとした多くの選手が左端の位置取りを選んでいたと思います。しかし、大迫選手はなぜか右端を走っていました。

最初はなぜ不利な大回りをするのだろうと不思議に思っていたのですが、しばらくして、気づいたのが給水地点でした。給水テーブルは全て右側に並んでいて、左端を走っていると給水を取りにくくなります。猛暑の中では選手も給水に必死になるため、給水ポイントは特に混雑し、スピードを落としたくないランナーたちが自分のボトルを探して右往左往し、ぶつかったりするなど、さまざまなハプニングが起こります。

左側を走っていた服部選手も、給水のたびに混雑した集団の中へ入っていき、大きくペースや体を揺さぶられたように思います。酷暑でのレースほど、少しでも自分のペースが乱れるとそれだけで体力が消耗し、ストレスがかかります。大迫選手は猛暑の中で後半襲ってくるダメージをいかに少なくするかということを考え、確実に給水を取り、途中で帽子も交換するなど、暑さ対策にこだわっていた姿が印象的でした。

ただ、女子マラソンに続いて再び運営側の話をすると、給水地点のテーブルの間隔やボトルの並べ方は、選手にとっていささか取りにくいのではないかと感じました。各国のランナーたちの給水テーブルは隙間なく並び、テーブルの上に掲げられた目印となる国旗も、走りながらだと重なり合って見つけにくい位置にあったように思います。せめて給水ポイントの間隔を空けたり、国旗の位置を上下にずらしたり、猛暑である場合、道の右側だけではなく中央にもテーブルを並べて、両側から給水ボトルが取れるような策もあったかと思います。

フランス代表の選手が給水ポイントでボトルを結果的になぎ倒してしまうことになり、世界中のメディアがスポーツマンシップに欠ける行為だと批判していましたが、私はあの映像を何度もコマ送りして見ても、テーブルから体が離れた体勢から必死に手を伸ばして、水滴のついたボトルをうまくつかめず、何度となくつかもうとして起こしてしまった状況のように見えました。悪意ある意図的な行為ではなく、給水の場所や並べ方、本人の位置取りに問題があったように思います。こうしたアクシデントも予測して、運営側や選手側が事前に準備することは大事なのでしょう。

真っすぐにマラソン人生を切り開いた大迫選手

大迫選手に話を戻しましょう。初めて彼の存在を知ったとき、今までにいないちょっと変わった選手が出てきたなと思いました。実業団に入って駅伝なども走る日本の長距離界のシステムの中で、実業団を1年で辞めて海外に渡り、自分よりも強い外国人選手に混じって必死に努力し、トップにい続け、自分の意志を貫き続けることは容易なことではありません。前向きに自らが信じて決めたことをやり抜く生き方は、多くのスポンサーやサポーターを引き寄せ、彼に憧れる若い選手たちも多くいます。

彼がレース後のインタビューで「(これまで)真っすぐ進んできた。競技以外でも真っすぐに進んでいきたい」と答えていたように、これからも自分の道を切り開くスタイルは続いていくのだと思います。2020年には選手育成プロジェクト「Sugar Elite」を立ち上げ、この8月からキッズを対象にしたランニングクリニックの全国行脚が始まると聞きます。今大会を通して大迫選手からはマラソンにかける思いや意志、真っすぐな生き方を見せてもらい、私自身、今一度がんばらなければと思わされました。

(まとめ 高島三幸=ライター)

[日経Gooday2021年8月20日付記事を再構成]

有森裕子さん
元マラソンランナー(五輪メダリスト)。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。

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