「終わらない戦争」招いたのは…

『戦場としての世界』ではアフガニスタンやイラクで「終わらない戦争」を招き、北朝鮮やイランの核開発を止められなかった歴代政権の誤った判断などを俎上(そじょう)に載せている。マクマスター氏はいくつかの国では実際に従軍し、現場を熟知しているだけに説得力がある。同氏はアフガニスタンからの米軍の撤退を避けるべきだと本書で主張した。この8月15日、タリバンの前にいとも簡単にカブールが陥落した背景も読み解ける。

マクマスター氏の大統領補佐官としての任期は足かけ15カ月で終わった。軍人は党派性に左右されてはならないという信念を持つ同氏は、現役時代に選挙権を行使したことがなく、プロフェッショナリズムに徹して大統領に助言した。この姿勢は、政権幹部に忠誠を求めてやまないトランプ大統領に煙たがられた(ワシントン・ポスト紙の記者らの著作『A Very Stable Genius』による)。マクマスター氏は在任中に浮上し、トランプ大統領が前向きだったイランとの核合意の廃棄や、米朝首脳会談の開催というアイデアに懐疑的だった。米国と対立するこれらの国々にかけていた圧力を弱めてしまいかねないと考えたからだ。なぜ米国は現実的に要請される政策から外れていくのか、そのメカニズムを本書は浮き彫りにしている。

湾岸戦争の戦場体験もつづる

マクマスター氏が実際に赴いた戦場のうち、1991年の湾岸戦争でのイラク軍との戦闘の描写も興味深い。私たちはこの戦争のことを米国がハイテクで固めた圧倒的な軍事的優位性を世界に見せつけ、一極体制の確立へとつなげた出来事として記憶している。しかし戦車部隊を指揮して地上で戦った同氏の受け止めは異なる。例えば当時のGPS(全地球測位システム)は現実にはほとんど役に立たなかった。反対に現地の地形を知り、数で上回る「敵軍のほうがあらゆる面で有利な立場」(33ページ)にあった。米軍はそれを普段の訓練で培った高度な連携や、待ち伏せへの対処法など質の面で上回り、敵軍を瓦解させたと強調する。ところがこの湾岸戦争での勝利や、続くソ連の崩壊、冷戦での勝利が米国におごりを生み、歯向かう敵対勢力はいなくなったと慢心させてしまった。またそれが非対称な戦い方を挑むテロ組織への備えを遅らせた。

「中華民族の偉大な復興」を視野に入れる今の中国も一種の戦略的ナルシシズムに陥っているのかもしれない。いわゆる「戦狼外交」の牙をむくような攻撃性には、世界の秩序に対する勝手な解釈が透けて見えるからだ。米中の対立が激化する中、日本には冷静で現実的な対応が求められることを改めて考えせる材料に満ちた著作である。

ところでマクマスター氏は本書がトランプ政権の内幕を暴露する本として扱われることを嫌った。このため原著の刊行を半年間、遅らせ2020年9月にした。その結果、後任のジョン・ボルトン氏(72歳)の回顧録(邦題は『ジョン・ボルトン回顧録:トランプ大統領との453日』)のほうが先に出版され、大統領選挙にからめてメディアに多く取り上げられた。この判断は本書の販売機会の損失につながった可能性はある。しかし、党派に距離を置き、「思慮深い、敬意のある議論のきっかけになることを強く願っている」(21ページ)というマクマスター氏のメッセージは読者に伝わるだろう。

(日本経済研究センター・エグゼクティブ・フェロー 村井浩紀)

戦場としての世界 自由世界を守るための闘い

著者 : H・R・マクマスター
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 4,180 円(税込み)