太陽系起源の謎 解明のカギ握る小天体へ探査続々
観測や探査の技術が進歩し、太陽系に散らばる小惑星や彗星(すいせい)の知られざる姿が明らかになってきた。こうした小さな天体は太陽系の成り立ちや生命の起源を探る手がかりを与えてくれる。ナショナル ジオグラフィック9月号では、なぜ小天体探査が重視されているのか、その意義を解説する。
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私たちが学校で習った太陽系の姿は論理的な整合性があるように見える。だが天文学者や惑星科学者たちは何十年も前から、何かが見落とされているのではないかと考えてきた。これまでのモデルでは、天王星と海王星が今の軌道上に形成されたことをうまく説明できないからだ。ほかの惑星系にはよくあるタイプの惑星が太陽系には欠けているようにも見える。さらに、2021年現在、生命を宿していることがわかっている天体は地球だけだ。
太陽系はどのようにして今の姿になったのか。そして、生命はどのようにして生まれたのか。
その答えを求めて研究者が熱いまなざしを向けているのが「小天体」だ。惑星、準惑星、衛星を除いて、太陽の周りを公転しているすべての天体がそれに当てはまる。長年、小天体は惑星の形成過程で取り残された残骸と見なされてきた。しかし、多くの小天体はタイムカプセルのようなもので、太陽の誕生時からほとんど変化していない。原初の姿をとどめた天体を継続的に観測し、探査機を送り込んで試料を採取すれば、生命の起源に迫れるかもしれない。うまくいけば、小天体の衝突で文明が滅ぼされる事態を回避する技術も確立できそうだ。
この分野の進展を間近に見てきた一人が、天文学者のマイク・ブラウン氏だ。ブラウン氏らは02年、米国カリフォルニア州のパロマー天文台にある口径1.2メートルの望遠鏡に大型のデジタルカメラを設置し、太陽系の外縁部「カイパーベルト」を観測した。それまでこの領域では数百個の天体しか見つかっていなかったが、もっと多くの天体があるはずだと考えたのだ。収穫は期待以上だった。「まるで空から新発見が降ってくるようでした」とブラウンは言う。
ブラウン氏が発見した天体のなかには、少なくとも冥王星の半分の大きさのものが3個あったほか、エリスと名づけられた天体は冥王星より質量が大きかった。こうした発見を受けて、国際天文学連合は06年、新たに「準惑星」というカテゴリーを設け、冥王星もそこに分類された。その後の15年で、海王星よりも外側に位置する天体がさらに多く見つかり、それらが実に多様な軌道を描いて太陽の周りを回っていることもわかった。
太陽系の外縁部には安定した軌道をもつ天体もあり、それらは現在の位置で形成されたと考えられる。加えて、海王星の重力で外側にはじき飛ばされた天体もあり、太陽から遠く離れた極端に細長い軌道を描いて公転する珍しい天体も少数見つかっている。これらの天体には既知の惑星の重力は働いていないようだ。
こうした「孤立した」小天体はとても奇妙な振る舞いをするため、太陽から何百億キロも離れた場所に地球の何倍も重い未知の惑星があって、これらの小天体を引き寄せているのではないかと、ブラウン氏や一部の天文学者はみている。
とはいえ、どれだけ優れた望遠鏡を使っても、得られる情報は限られている。ジグソーパズルの欠けたピースを埋めるには、まず小天体のかけらを地球に持ち帰る必要があった。
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)は世界で初めて小惑星のサンプル採取を成し遂げた。後継機のはやぶさ2は14年に打ち上げられ、地球近傍の小惑星「162173リュウグウ」を目指した。はやぶさ2はリュウグウに2回着地し、表面に弾丸を撃ち込んで、吹き飛んだ破片を採取するという究極のミッションをやり遂げた。
その5.4グラムの黒っぽい粒子と小石は、今は外部研究機関での研究が始まっている。リュウグウの表面とその下にあった物質を人類がつぶさに見るのはこれが初めてだ。今後の分析で、太陽系の歴史を刻んだ計り知れない価値のある記録をそこから読み取れるだろう。
はやぶさ2のようなミッションが行われるまで、太陽系の起源を探る研究者が頼りにしてきたのは、地上に落ちてきた隕石(いんせき)だった。一部の隕石は、その起源である小惑星に水を含む鉱物が大量に存在し、炭素を含む化合物があること、つまり生命のもとになる物質が生まれる可能性があることを示唆していた。しかし、隕石は厳密には「手つかず」の物質ではない。大気圏を通って地表に落ちてくるまでの間に高熱にさらされるからだ。
小惑星に探査機を送り込めば、長年の謎が解けるかもしれない。地球は太陽にとても近い位置で形成されたのに、地表はなぜ生命のオアシスになったのか。45億年余り前に生まれた頃の地球は灼熱地獄のようだった。だが、私たちが暮らす今の地球は生き物の宝庫だ。生命のもととなる水と炭素はどこから来たのか。
木星の「トロヤ群」の小惑星を探査
小天体が太陽系の形成に重要な役割を果たしてきたことは、その組成だけでなく、多様な動きからも推定できる。
トロヤ群は木星の軌道上で木星の前方と後方に分かれて集まる太古の天体で、太陽系の化石のようなものだと考えられている。
木星のトロヤ群は今の位置で形成されたようには見えないが、すでに形成された天体が木星の軌道に乗るのは非常に難しい。もし小天体が今、木星の「縄張り」に侵入しようとしたら、引力に引き寄せられて木星に衝突するか、さもなければ太陽系の外にはじき飛ばされてしまうだろう。だとすれば、木星はどのようにしてこの「従者たち」を獲得したのか。
05年、「ニース・モデル」と呼ばれる仮説が発表された。それによれば、初期の太陽系には今よりもはるかに多くの小天体があり、木星、土星、天王星、海王星は今よりずっと太陽に近い領域で形成された。巨大なガス惑星に成長したこれらの惑星に多数の小天体が引き寄せられるに伴い、その反作用でガス惑星の軌道が変わり、不安定な状態になった。
そして、ガス惑星同士の相互作用で軌道が外側に大きくふくらみ、現在の位置に収まったというのだ。このとき木星はトロヤ群を捕獲したと考えられる。この大変動で多くの小天体が太陽の近くに引き寄せられるか、太陽系外にはじき飛ばされた。このモデルでは、地球も含めた内惑星はその余波として小天体の衝突が相次ぐ「後期重爆撃期」を迎えたと説明される。
21年10月、探査機ルーシーが打ち上げられ、27年から33年にかけてトロヤ群の天体にフライバイ(接近通過)を試みる予定だ。
(文 マイケル・グレシュコ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年9月号の記事を再構成]
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