しかし、皮肉なことに、このコロナ禍での開催だからこそ、これまで以上に、選手や指導者、大会関係者だけでなく、社会全体がさまざまな角度から五輪やスポーツのことを考え、行動を起こしたように思いました。
目に見える形での“安全”と“安心感”を得られないまま、不安と不信感で悩み悲しむ人たちの傍らで開催されたコロナ禍での今大会。その開催までのプロセスは、決して良いモデルになったとは言えません。悩まなければならないことをさまざまな角度から生んだ大会だったように思います。しかし、違う視点から見れば、貴重な経験だったとも言えます。「希望となる」とは言いづらいですが、未来へつながる課題、考えるべきことを持てたのが、今大会のレガシーなのかもしれません。単に「オリンピック、楽しかったね」で終わらせるのではなく、今まで常識だと思っていたことに対する批判や疑問も含めて、いろいろな角度から今回の五輪を検証し、考えることが、レガシーになっていくのではないかと思います。
オンライン上で誰もが自由に声を上げることができる時代だからこそ、オリンピック憲章を今一度見直して、関わるすべての人々が主役であり、スポーツを通じた平和の祭典である五輪の意義とは何か、スポーツの未来とは何かということを、関係者だけでなく私自身も、そして今回の五輪でいろいろなことを感じたすべての人が考えていく必要があると強く感じた大会でした。
次回は、東京五輪の陸上競技について感じたことをお話ししたいと思います。
(まとめ 高島三幸=ライター)
[日経Gooday2021年8月17日付記事を再構成]
有森裕子さん
元マラソンランナー(五輪メダリスト)。1966年岡山県生まれ。バルセロナ五輪(1992年)の女子マラソンで銀メダルを、アトランタ五輪(96年)でも銅メダルを獲得。2大会連続のメダル獲得という重圧や故障に打ち勝ち、レース後に残した「自分で自分をほめたい」という言葉は、その年の流行語大賞となった。市民マラソン「東京マラソン2007」でプロマラソンランナーを引退。2010年6月、国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞した。
