脳の衰えは年齢じゃない 脳医学者が教える機能UP術
「最近、もの忘れがひどくなった」「言葉がスッと出てこない」「集中力が続かない」……。中高年になるとこんなふうに感じる場面が多くなってくる。年を取れば脳のパフォーマンスが落ちてくるのは仕方ないと思うかもしれないが、東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之氏は「それは大きな間違い」と指摘する。
「脳は何歳からでも成長できます」と言う瀧氏は、幼児から大人まで、実に16万人もの脳のMRI画像を読影・解析してきた脳医学者だ。認知症予防の研究にも力を入れているが、「老化現象だからと諦めるのではなく、楽しみながら脳の機能を維持することは可能」と主張する。
中高年ビジネスパーソンが脳のパフォーマンスをアップさせたり、認知症を予防したりする方法を解説した瀧氏の書籍『脳医学の先生、頭がよくなる科学的な方法を教えて下さい』から、なぜ大人でも脳の機能を高められるのかについて、ライターの郷和貴氏を聞き手としてお届けする。
脳の老化が始まってもパフォーマンスは上げられる?
郷和貴氏(以下、郷):前回、大人の脳のパフォーマンスをアップさせる方法があると聞いたのですが、ぜひ具体的に教えてください。というのも実は私、20代の頃にうつ病で仕事を1年間休んだことがあって、それ以来なんだか頭の回転が遅くなったような気がして心配なんです……。
瀧靖之氏(以下、瀧):確かに、うつ病になると、前頭葉や海馬が萎縮することがあります[注1]。それで脳のパフォーマンスが一時的に下がることはあるかもしれませんが、今はライターとして毎日バリバリと文章を書かれているわけですから、大丈夫ですよ。
郷:でも、原稿を書くスピードをもっと上げたいんです。どうしたら脳のパフォーマンスを上げられますか?
瀧:成長段階にある子供の脳とは違い、大人の脳はゆっくりと老化が始まっています。ですが、これまでにお話ししたように、コツコツと刺激を与え続ければ大人の脳だってパフォーマンスが上がりますし、老化をさらに遅くすることも可能です。
それでは、ここでちょっとクイズです。以下のMRI(磁気共鳴画像法)の画像は、それぞれ別の人の脳を輪切りにしたものです。上の人の脳に比べて、下の人の脳はスキマが大きく、萎縮していることが分かります。2人の年齢差はどれぐらいでしょう?
郷:全く分からないのですが……。上の詰まっているAさんが30代で、下のスカスカのBさんが70代、とか?
[注1] Taki Y. et al., Journal Affective Disorders, 88(3)313-320., 2005
瀧:実はどちらも同じ「60歳」の方の脳なんです。
郷:なんですと……?
瀧:同じ年齢でもこれだけ差が出ます。私はこれまで、膨大な数の脳のMRIを研究のために撮っていますが、被験者の方の脳が年相応なのか、若々しい脳なのか、もしくは実際の年齢よりも老けた脳なのかは、その方がMRI室に入ってきた段階で分かってしまうんです。
郷:どういうことですか?
瀧:脳が若々しい方は、年を取っていても身なりがきちんと整っていて、動作もキビキビしていて、受け答えもしっかりしています。実際の年齢より老けた脳の方は、それと全く逆で、おしゃれにもあまり気を使っていません。こうやって「見た目」から脳の状態がある程度予測できてしまうんです。
郷:外見にも表れてしまうということですか! 驚きました。
脳を若々しく保つためにできることトップ3
瀧:60~70代の方が認知症を予防するためにできることと、40~50代の方が脳のパフォーマンスをアップするためにできることは、基本的に同じです。
郷:何をやればいいのかぜひ教えてください!
瀧:まず、脳の健康維持や認知症の予防のために重要なこととして、特にエビデンス(科学的証拠)のレベルが高いものが3つあります。「脳を若々しく保つためにやるといいことトップ3」だと思ってください。それが「運動」「趣味・好奇心」「コミュニケーション(社会との関わり)」です。
そして、その次にエビデンスレベルが高いものが、「食事」「睡眠」「幸福感」の3つです。
郷:最初の3つのほうが高い効果が期待できるということですか? とりあえずその3つからやればいいわけですね。
瀧:基本的にはそうです。ただ、その次の3つについても、これからさらに研究が進んでエビデンスが積み重なっていく可能性はあります。ですから、この6つのうち、できるものからやるというスタンスがよいのではと思います。
郷:なるほど。そして、トップ3に私の苦手な「運動」が入っていますね。
瀧:運動は脳にとてもいいんですよ。専門的な話をすると、酸素をたっぷり取り込んで行うウオーキングやランニングなどの有酸素運動によって、脳内の血流が増え、それにより脳内で脳由来神経栄養因子(BDNF)、インスリン様成長因子(IGF-1)、といった特定の細胞の成長を促すホルモンが放出されます[注2]。
BDNFが増えると海馬の神経新生が促進され[注3]、それにより記憶力の向上が期待できます。またIGF-1が増えると、神経伝達物質のセロトニンやBDNF自体の生成も促します[注4]。その結果、神経細胞同士の結合を高めたり、長期記憶の生成に関与したりするといわれています。
郷:難しくて頭に入ってこないのですが……。要するに運動すると脳の成長や維持に必要な物質が出てくるということですか?
瀧:簡単にいえばそうです。そして、どれくらい運動するのがいいかというと、中年期における週2回以上の運動は、認知症リスクを約40%下げることが明らかになった、という研究があります[注5]。特に遺伝的に認知症リスクの高い人に効果が顕著に見られたそうです。
[注2]Cotman C.W. et al., Trends in Neurosciences, 30(9)464-72., 2007
[注3]Erickson K.I. et al. Neuroscientist, 18(1)82-97., 2012
[注4]Cotman C.W. et al., Trends in Neurosciences, 30(9)464-72., 2007
[注5] Rovio S. et al., The Lancet Neurology, 4(11)705-11., 2005
趣味を持たないのは「人生損してる」
郷:それだけ運動に効果が期待できるなら、やったほうがいいのかな……。つい、おっくうになってしまうんですよね。
瀧:気持ちはよく分かります。人間が新しい習慣を身に付けること自体、非常に難しいことですから。楽しみながら続けられる運動が見つかるのが一番です。
続いて、「趣味・好奇心」です。楽しみながら何かに没頭することが大人にとって「最高の脳トレ」になります。
郷:趣味なら任せてください。川釣りのほか、プログラミングや、パソコンでの音楽制作などに最近はハマっています。
瀧:素晴らしい。趣味にハマっている人は知的好奇心が次々と湧いてきますよね。知的好奇心が強い人ほど、高次認知機能を担う側頭頭頂部の萎縮が抑えられていることが分かったという研究があります[注6]。つまり、加齢による脳の機能低下が抑えられるわけです。
また、知的好奇心が強い人ほど記憶の定着がよくなります。具体的には海馬、腹側被蓋野(ふくそくひがいや)、側坐核(そくざかく)、中脳黒質(ちゅうのうこくしつ)などの活動が高まるといわれています[注7]。
郷:「趣味を持たないのは人生損してる」って言い切っていいんじゃないですか。
瀧:その通りです。「運動しないのも損」って言い切ることもできますが。
郷:まあ、はい……。
[注6]Taki Y. et al., Human Brain Mapping, 34(12)3347-53., 2012e
[注7]Gruber M.J. et al., Neuron, 84(2)486-96., 2014
退職年齢は「遅ければ遅いほどいい」
瀧:次は、「コミュニケーション(社会との関わり)」です。なぜコミュニケーションや社会との関わりが大事かというと、感情認知、言語、共感性、社会性などに関わる脳のいろんな領域を駆使して行われるからです[注8]。
郷:会社で働いていたらコミュニケーションは必須ですよね。
瀧:以前は60歳定年が普通でしたけど、この「退職年齢」ってけっこう大事なんです。健康な高齢者において、退職時年齢が1歳高いだけで死亡リスクが11%低下したというデータもあります[注9]。
郷:えっ、じゃあ仕事をリタイアするのは遅いほどいいってことですか?
瀧:そうなんです。早々にリタイアして生活費の安い地域に移住したいと思っている方もいるかもしれませんが、早期退職をすると60代前半くらいで脳の機能にマイナスの影響を与える可能性があるという研究もあります[注10]。
郷:定年退職後にどんな生活を送るかで、だいぶ脳の状態が変わってきそうですね。
瀧:仕事を辞めたあとに何か熱中できることがあって、友人との交流も盛んならいいんですけどね。
さて、今回は記事の中ではお伝えできませんでしたが、すでにお話ししたように、このほか「食事」「睡眠」「幸福感」も重要です。
郷:食事と睡眠はまだイメージができますが、「幸福感」とは何ですか?
瀧:自分が幸せだと感じることを、「主観的幸福感」と言いますが、幸せだと感じることでやっぱり脳にもよい影響があるんです。どんな人が幸福感が高いかというと、自分の好きなことを思う存分楽しんでいたり、社交性が高くて社会と積極的につながっている人[注11]、ボランティアのような利他的な活動をしている人ですね[注12]。
郷:なるほど。うちの母親は地域の福祉に関わる民生委員をやっているのですが、それも脳によいのですね。
瀧:最高ですよ。社会との関わりができ、幸福感も高められ、認知症の予防にもつながるはずです。
[注8]Kennedy D. et al., Trends in Cognitive Sciences, 16(11):559-572., 2012
[注9]Wu C. et al. Journal of Epidemiology and Community Health, 70(9):917-23., 2016
[注10]Rohwedder S., et al., J Econ Perspect, 24(1): 119-138., 2010
[注11]Diener E. et al., Psychlogical Science, 13(1):81-84., 2002
[注12]Borgonovi F., Social Science and Medicine, 66(11):2321-34., 2008
(聞き手 郷和貴=ライター)
[日経Gooday2021年8月17日付記事を再構成]
東北大学 スマート・エイジング学際重点研究センターおよび加齢医学研究所 臨床加齢医学研究分野 教授。医師。医学博士。東北大学医学部卒業、東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳のMRI画像は、これまでに16万人に上る。10万部を超えたベストセラー『生涯健康脳』(ソレイユ出版)、『回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣』(青春出版社)など著書多数。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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