趣味を持たないのは「人生損してる」
郷:それだけ運動に効果が期待できるなら、やったほうがいいのかな……。つい、おっくうになってしまうんですよね。
瀧:気持ちはよく分かります。人間が新しい習慣を身に付けること自体、非常に難しいことですから。楽しみながら続けられる運動が見つかるのが一番です。
続いて、「趣味・好奇心」です。楽しみながら何かに没頭することが大人にとって「最高の脳トレ」になります。
郷:趣味なら任せてください。川釣りのほか、プログラミングや、パソコンでの音楽制作などに最近はハマっています。
瀧:素晴らしい。趣味にハマっている人は知的好奇心が次々と湧いてきますよね。知的好奇心が強い人ほど、高次認知機能を担う側頭頭頂部の萎縮が抑えられていることが分かったという研究があります[注6]。つまり、加齢による脳の機能低下が抑えられるわけです。
また、知的好奇心が強い人ほど記憶の定着がよくなります。具体的には海馬、腹側被蓋野(ふくそくひがいや)、側坐核(そくざかく)、中脳黒質(ちゅうのうこくしつ)などの活動が高まるといわれています[注7]。
郷:「趣味を持たないのは人生損してる」って言い切っていいんじゃないですか。
瀧:その通りです。「運動しないのも損」って言い切ることもできますが。
郷:まあ、はい……。
[注6]Taki Y. et al., Human Brain Mapping, 34(12)3347-53., 2012e
[注7]Gruber M.J. et al., Neuron, 84(2)486-96., 2014
退職年齢は「遅ければ遅いほどいい」
瀧:次は、「コミュニケーション(社会との関わり)」です。なぜコミュニケーションや社会との関わりが大事かというと、感情認知、言語、共感性、社会性などに関わる脳のいろんな領域を駆使して行われるからです[注8]。
郷:会社で働いていたらコミュニケーションは必須ですよね。
瀧:以前は60歳定年が普通でしたけど、この「退職年齢」ってけっこう大事なんです。健康な高齢者において、退職時年齢が1歳高いだけで死亡リスクが11%低下したというデータもあります[注9]。
郷:えっ、じゃあ仕事をリタイアするのは遅いほどいいってことですか?
瀧:そうなんです。早々にリタイアして生活費の安い地域に移住したいと思っている方もいるかもしれませんが、早期退職をすると60代前半くらいで脳の機能にマイナスの影響を与える可能性があるという研究もあります[注10]。
郷:定年退職後にどんな生活を送るかで、だいぶ脳の状態が変わってきそうですね。
瀧:仕事を辞めたあとに何か熱中できることがあって、友人との交流も盛んならいいんですけどね。
さて、今回は記事の中ではお伝えできませんでしたが、すでにお話ししたように、このほか「食事」「睡眠」「幸福感」も重要です。
郷:食事と睡眠はまだイメージができますが、「幸福感」とは何ですか?
瀧:自分が幸せだと感じることを、「主観的幸福感」と言いますが、幸せだと感じることでやっぱり脳にもよい影響があるんです。どんな人が幸福感が高いかというと、自分の好きなことを思う存分楽しんでいたり、社交性が高くて社会と積極的につながっている人[注11]、ボランティアのような利他的な活動をしている人ですね[注12]。
郷:なるほど。うちの母親は地域の福祉に関わる民生委員をやっているのですが、それも脳によいのですね。
瀧:最高ですよ。社会との関わりができ、幸福感も高められ、認知症の予防にもつながるはずです。
[注8]Kennedy D. et al., Trends in Cognitive Sciences, 16(11):559-572., 2012
[注9]Wu C. et al. Journal of Epidemiology and Community Health, 70(9):917-23., 2016
[注10]Rohwedder S., et al., J Econ Perspect, 24(1): 119-138., 2010
[注11]Diener E. et al., Psychlogical Science, 13(1):81-84., 2002
[注12]Borgonovi F., Social Science and Medicine, 66(11):2321-34., 2008
(聞き手 郷和貴=ライター)
[日経Gooday2021年8月17日付記事を再構成]
