2135年の「重力キーホール」問題

1999年9月にベンヌが発見されて以来、天文学者たちは、プエルトリコにあったアレシボ天文台をはじめとする地上の望遠鏡を使って、その軌道を注意深く追跡してきた。これらのデータにより、天文学者はベンヌの位置を100年先まで予測できるようになった。

ベンヌは「潜在的に危険な小惑星(PHA)」の1つだ。PHAは、直径が140メートル以上あり、理論的に地球から748万キロメートル以内まで接近する可能性がある小惑星を指す。2014年の研究では、2175~2199年の間にベンヌが地球に衝突する確率は約0.037%とされていた。

しかし従来のシミュレーションでは、2135年9月以降の予測に問題があった。予測では、ベンヌは2135年9月に地球から12万~54万キロメートル以内と、場合によっては月よりも近い場所を通るとされている。そのときにベンヌが地球に衝突する可能性はほぼないが、接近する時刻と場所によっては、地球の重力によってベンヌの軌道が変化して、衝突コースに入ってしまう可能性があるのだ。

コンピューター・シミュレーションでは、ベンヌが宇宙空間のどこを通過すると衝突コースに入ることになるかが特定されている。そのような場所は複数あるが、いずれも数百メートルから数キロメートル規模と非常に狭く、「重力キーホール(鍵穴)」と呼ばれている。

問題は、2135年にベンヌの軌道が、実際にどこかの重力キーホールを通るかどうかだ。この問題に答えるためには、ベンヌの現在の軌道と、将来の軌道に影響を及ぼす可能性のあるすべての要因を、かつてないほど高い精度で明らかにする必要があった。

オシリス・レックス探査機は2018年末にベンヌに到着し、人類史上3回目、NASAとしては初めての小惑星表面でのサンプル採取に挑んだ。2020年10月に砂や小石などを採取した探査機は現在、その貴重なサンプルを地球に持ち帰る旅を続けている。

一方で探査機は、サンプル採取の前に、2年近くかけてベンヌを周回して調査を行っていた。その長期にわたる探査で得られたデータのおかげで、ファルノッキア氏らは、8400万キロメートルから3億2000万キロメートルまで幅がある地球とベンヌとの距離を数メートルの誤差で計算できた。

また、重力以外にベンヌに働くある力も推定できた。表面が太陽光によって温まったベンヌは、表面が冷えるときにエネルギーを再放出する。ベンヌは自転しているので、このとき小惑星に非常に小さな推力が働く。この現象は「ヤルコフスキー効果」と呼ばれている。

研究チームは、ベンヌの軌道がヤルコフスキー効果によってどのように変化するか、正確に見積もれるようになった。ファルノッキア氏は8月11日に開かれたNASAの記者会見で、ベンヌはヤルコフスキー効果によって常に「ブドウ3粒分の重さ」で押されていることになり、軌道は1年間に約285メートルずつずれていると述べた。

今回の研究では、過去の予測よりもはるかに精度が上がり、2135年にベンヌが地球の表面から17万4629プラスマイナス3768キロメートル(地球と月のほぼ中間)を通過することが判明した。いくつか重力キーホールがある領域だ。この結果を受け、研究チームはベンヌの衝突リスクの予測を修正することができた。

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