職場の声は情報の宝庫 聞き耳立てられる環境どう作る梶原しげるの「しゃべりテク」

オフィスでの電話は意外に周りから聞かれている(写真はイメージ) =PIXTA
オフィスでの電話は意外に周りから聞かれている(写真はイメージ) =PIXTA

オフィスから「声」が消えた。リモートワークは職場でひそかに重要な役目を果たしていた「聞かせるつもりのない声」による情報共有を壊してしまった。たとえば、隣席者が電話で話す語り口や発言内容がそうだ。自分に向けられたのではない、上司の言葉に聞き耳を立てたことのある人は珍しくないだろう。こういった「非公式な声」が聞けなくなったのは、会議や報告では補えない、目に見えない痛手だ。

新型コロナウイルスの感染が広がって、オフィスの人数が減った。フロアでは会話が減り、静けさが増した。感染防止の意味では好ましいわけだが、職場でのコミュニケーションという面では、「失われた声」の損失は小さくない。

こう書くと、「オンライン会議や電話、メールでコミュニケーションは十分に保たれている」と感じる人がいるだろう。だが、私が気にしているのは、そういう最初から伝えるつもりの発声ではない。本人が意図していない「聞き手」とのコミュニケーションのほうだ。つまり、「やりとり」ではないのだ。

具体的にいうと、隣の席で先輩が取引先と電話でしゃべっているといった状況が例に挙げられる。聞き手は隣席の後輩だ。

先輩「いや、まことにおっしゃる通りです。はい、本当に申し訳ありません」

後輩は素知らぬ顔を決め込みながら、先輩の電話ボイスに耳をそば立てる。そして、心の中でつぶやく。

後輩(心の中で)「先輩は何かしくじったのかな。どこの取引先だろう」

先輩「はい、はい、それはそうなのですが、こちらも今は補充が難しくて。そうです、早くても1週間先になりそうです。さようですか。ご寛恕(かんじょ)を賜りたく存じます。まことにありがとうございます。心から感謝を申し上げます」

後輩(同)「何とか、うまく事を収めることができたみたいだ。よかった。ところで、今の電話で言っていた『ごかんじょ』って、何のことだろう。「後漢書』じゃないよな、『五官女』でもなさそうだ。どれどれ検索してみよう。『ごかんじょ』、へぇ、許しを請う丁寧な表現なのか。これは覚えておこう。何かのときに使えそうだ」

こういった具合に、先輩が後輩を意図せず、間接的な形で教育するケースは珍しくなかった。いわゆる「大人の言葉遣い」というやつだ。

これらの用法はいちいち後輩に講座を開いて教えるたぐいのものではない。国語辞書には載っているが、語義を呼んだだけでは使い方が分かりにくい。先輩が実際に使ってみせたからこそ、後輩は「こりゃ、便利」と感じたわけだ。かつての職場ではこういう「意図せざる教育」の機会が豊かだった。それはオフィスに「声」があふれていたからだ。

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