細田守監督『竜とそばかすの姫』 制作は世界とコラボ
細田守監督インタビュー(下)
世界が注目するアニメーション映画監督・細田守渾身の最新作『竜とそばかすの姫』が7月16日に全国416館(うち、IMAX38館含む)で公開。緊急事態宣言下の東京都は劇場入場が50%に制限されたにもかかわらず、18日までの公開3日間で8.9億円を超える大ヒットスタートとなった。2006年の『時をかける少女』から『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』と、常に革新的な細田監督作品。前回インタビューの「竜とそばかすの姫・細田守 三たびネット社会描く理由」に引き続き、3年ぶりの最新作のポイントを語ってもらった。
ポイント4:川の意味と限界集落
今作で現実の生活の舞台となるのは、高知県だ。『サマーウォーズ』や『おおかみこども~』でも日本の田舎や自然描写が話題となったが、高知を選んだ理由とは?
「高校生の青春群像劇を描こうとしたら、『時かけ』と同じように川が出てきちゃったんです。僕の作品は川がないと高校生の時間が表現できないみたいで(笑)。金沢(※1)の犀川や、京都の鴨川とか、学生時代を過ごす地方都市には川が流れているのがいいんです。そんな川岸を若い子が歩くだけで、もう映画(笑)。ロケハンは19年。能登半島や男鹿半島の先端とか、日本中いろいろ行きましたが、高知は町中に鏡川が流れ、仁淀川が近い。それを見たら『ここだ!』と。
※1…細田監督は金沢美術工芸大学の出身で、大学の近くに犀川が流れていた。
そして高知は、坂本龍馬が出て明治維新の中心的な場所だったり、南国といったポジティブなイメージがありますが、調べてみたら人口が全国で3番目に少ない。もっと言えば、限界集落(※2)という言葉が生まれた場所。要は、人口減少という日本の未来を示す、象徴的な場所だったんです。
※2…高知大学教授だった社会学者の大野晃が1991年から使い始めた概念。
これは高知だけの問題ではなく、それこそ僕の田舎の富山県上市町も消滅可能性都市です。日本の故郷がなくなっていく一方、東京だけは一極集中。ここにも両面あるわけです。ロケハンでも廃校をよく見かけたし、ただ自然が美しいから選んだのではないんですよね。
全校生徒5人の小学校をそうした廃校に見立てて、すずの母が関わっていた合唱隊が使うシーンで描きました。合唱隊は女性たちのネットワークというか、すずを支える存在の1つ。実は不思議だったのが、ロケハン先で出会う人がみんな女性ばかりで、高知の人は「高知は"はちきん"といって女性が強いから、女性が生き残るんだね」と。フィルムコミッショナーのお父さんに会いに行っても、なぜか不在で……。とうとう高知の男性には会えないままでしたね」
ポイント5:歌を中心に据えた理由
合唱隊の話が出たところで「音楽」についても伺おう。これまでの作品と比較しても、最も大きな進化を感じさせるのが、音楽だ。
「そもそもインターネットで、みんなが参加して楽しむ代表的なものが歌。ものすごくネットらしいというか、親和性が高いですよね。それに『美女と野獣』はミュージカル。その2つの理由から、本作は歌を作品の中心に据えています。となると、主人公は歌えれば誰でもいいわけではなく、歌に説得力があって表現力が強い人。しかも、すずとベルを演じ分けなければならない。そんな途方もないところから探し始めたわけです。
そして、中村佳穂にたどり着きました。というか、すずとシンクロしちゃったんですよね。ものすごく前向きに挑戦してくれました。
音楽監督の岩崎太整さんたち4人の作曲家からは、セッションによって素晴らしい曲が生まれました。作曲家が複数の理由は、太整さんが『この映画には複数の要素があるから、音楽も"作曲村"を作って、いろいろな作曲家がそれぞれ作るのが向いている』と提案してくれたこと。こういう方法もあるんだなと。太整さんは音楽大学ではなく、日大の映画学科脚本コース出身。映画の構造を考えて音楽を提案してくれます」
ポイント6:世界とコラボ~新制作体制
こうしたコラボレーションは国内にとどまらず、世界中から才能あるクリエーターが多数参加。
「普通だったら1人の音楽家、1人のデザイナーといったスタッフ体制で作っていくのですが、<U>に象徴されるように、この映画にふさわしい作り方を考えたとき、様々な人が集まるといいのかなと。だから(『竜とそばかすの姫』は)コラボだらけです。 音楽だけでなく、インターネットの広い世界を表現するなら、ビジュアルも複数の人でやるのが正解だろうと。
ベルのキャラクターデザインの原型は、コロナ禍の前に、ディズニーのレジェンド的キャラクターデザイナーのジン・キムさんに頼んだもの。<U>の都市デザインはロンドンのエリック・ウォンさん。彼は作品をネットで見つけてお願いしたのですが、最初は何者か分からなくて(笑)、建築家だと後で知りました。でも、ネットってそういうものですよね(笑)。
以前だと、そうした新しい若いクリエーターを探すのは、実績や誰かの紹介でしたが、今は作品のポートフォリオをアップしておけば、誰かが見るかもしれない時代。それはつまり、今回の映画の内容と現実がリンクしているんですよ。ベルも地球レベルのディーバですけど、高知県の田舎の高校生だったりするわけだから」
「それから、アイルランドのカートゥーン・サルーンというアニメスタジオにも、背景美術をお願いしました。そうした意味でもグローバルな作品になったというか、ネットで世界とつながったというか。コロナ禍もあるけれど、海外は『未来のミライ』の米アカデミー賞ノミネートがもたらした認知で、名前の通りがよくなった印象もありました。
日本では賞というと名誉なものとして捉えられますが、それだけではなく、より良いもの、新しいものを作ろうとする世界の人たちとつながって、さらに新しいものを作るきっかけとなる。特に『竜とそばかすの姫』のような作品は、そうでなければ広げられないね、と思うんですよ」
ポイント7:スタジオ地図10周年と未来
作品ごとに今までなかった地平を切り開いてきた細田守監督。そのスタジオ地図が、今年10周年を迎えた。今後の展望を聞くと。
「これまでずっと、若い世代がインターネットを使いこなして、伸び伸びと自由に、日本と外国、言葉や年齢、性別といった障壁を壊し、変革していくと信じてきました。その思いは『デジモン』のときから変わりません。それが『竜とそばかすの姫』の原動力です。
スタジオ地図は10周年を迎えました。まだ作られたことのない映画の可能性にアプローチできるのが、スタジオ地図の強みです。だって夏休みの劇場映画で『おおかみこどもの雨と雪』や『未来のミライ』なんて、普通だったら絶対作れませんよ(笑)。でも、地図ではそれができたし、その積み重ねによって作っているのが、この『竜とそばかすの姫』です。
まだ誰も作っていない、新しい映画を作る。そこに意味を感じながら、これからもやっていきたいと思っています」
(ライター 波多野絵理)
[日経エンタテインメント! 2021年8月号の記事を再構成]
細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』
スタジオ地図の10年と未来
【スペシャルロングインタビュー】
細田守「最新作『竜とそばかすの姫』その根底に流れるものとスタジオ地図の10年」
【研究】
葛藤とチャレンジ 『竜とそばかすの姫』が生まれるまで
【キャストインタビュー】
中村佳穂(主人公・すず/ベル)
成田凌(しのぶくん)
染谷将太(カミシン)
玉城ティナ(ルカちゃん)
幾田りら(ヒロちゃん)
【スタッフインタビュー】
常田大希(メインテーマ『U』)
岩崎太整(音楽監督)
川村元気(プロデューサー)
齋藤優一郎(プロデューサー)
エリック・ウォン(プロダクションデザイン/英国)
カートゥーン・サルーン(コンセプトアート/アイルランド)
ヨハン・コント(インターナショナルセールス担当/フランス)
【詳細解説】
スタジオ地図10周年
時をかける少女/サマーウォーズ/おおかみこどもの雨と雪/バケモノの子/未来のミライ
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