国全体への波及は平時でも見込めない

クルーグマン 昔から「オリンピックを開催すれば景気が良くなる」とか「大きな経済波及効果が得られる」といったことが信じられてきましたが、実際のところ、開催による経済効果はほとんどありません。むしろ、がっかりするような結果に終わることが多いのです。主催国はオリンピックのために多額の投資をしますが、開催後は使いみちのない施設が残されるだけです。

パンデミック下でオリンピックを開催したところで、国の経済的利益は最小限でしょう。平時であっても国全体の景気を押し上げるような経済効果は見込めません。仮にどこかの国の政府が私に「経済成長のためにオリンピックを招致したほうがよいか」と助言をもとめてきたら、「やめたほうがよい」と反対するでしょう。多大な資金と労力にみあった経済的なリターンが得られないからです。つまり経済性からみれば、オリンピックの開催は合理的でないのです。

そもそも多くの人々はスポーツイベントの経済性について、合理的に考えることができません。「巨大なスタジアムを建設し、そこでイベントが開催されれば、人が集まり、すばらしい経済波及効果をもたらすはずだ」と言われれば、「きっとそうかもしれない」と信じ込んでしまいます。ところがそれは幻想です。実際のところ、経済効果はほとんどありません。ただ特定の利害関係者に利益をもたらすだけです。

国がオリンピック開催を望むのは、その国にオリンピックのような世界的なイベントを開催する能力があることを世界に誇示するためです。つまり国の威信や名誉のためなのです。国外から多くの人々が観戦に訪れれば、自国のことをよりよく知ってもらえるし、自国の良い点をアピールすることができる、というのが主たる動機です。

パンデミック下でなければ、オリンピック開催は日本のイメージアップにはつながったかもしれません。日本は経済停滞国というイメージが強く、世界から必要以上に悪いイメージを抱かれています。しかしそれは間違いです。日本は今も昔も素晴らしい国です。実際に訪問してもらえれば、その良さを実感してもらえたはずです。残念ながらパンデミックでこのような機会も失われていまいましたが。

佐藤 経済効果も見込めない。イメージアップの機会も失われてしまった。ではこの段階でオリンピックを開催する意味は何でしょうか。

クルーグマン 私は東京オリンピックに出場するために人生をかけて鍛錬してきたアスリートたちのことを忘れてはならないと思います。オリンピックをいまあえて開催する意味を見いだすならば、こうした卓越したアスリートたちの努力、技術、技能をたたえることではないでしょうか。

私は東京オリンピックの開催問題に振り回されたアスリートたちに同情せざるをえません。もし完全に中止になれば、出場予定だったアスリートたちの人生は大きく変わってしまうことでしょう。それはあまりにも悲しいことです。

現段階で中止・延期は困難だという前提で考えれば、無観客、あるいは観客数を制限する形で開催するというのは現実的でしょう。いまは、東京オリンピックの開催がこれ以上人々の安全を脅かさないことを願うばかりです。

ポール・クルーグマン Paul Krugman
 ニューヨーク市立大学大学院センター教授。プリンストン大学名誉教授。1953年ニューヨーク州生まれ。74年エール大学卒業。77年マサチューセッツ工科大学にて博士号取得。プリンストン大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、エール大学で教壇に立つ。ニューヨーク連邦準備銀行、世界銀行、国際通貨基金、国際連合などの経済コンサルタントを歴任。ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストとして絶大な人気を誇る。91年、ジョン・ベイツ・クラーク賞受賞。2008年、ノーベル経済学賞受賞。近著に『ゾンビとの論争 経済学、政治、よりよい未来のための戦い』(早川書房)。
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