
「不気味」「ずるい」といったネガティブな印象の強いハイエナは、実はアフリカで最も成功している捕食者だ。しかし、そんな成功者の意外な一面が最新の研究で明らかになった。
2021年6月22日付で学術誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表された論文によると、ケニアのマサイマラ国立保護区で数十年にわたって集められたデータを分析したところ、トキソプラズマという寄生虫に感染したブチハイエナ(Crocuta crocuta)は、そうでない個体と比べると約4倍もライオンに殺されやすいという。特にトキソプラズマに感染した1歳未満の子ハイエナは、ライオンに近づきやすくなり、死因がわかる子どもはすべてライオンに殺されていた。ブチハイエナの子はライオンに狙われやすいため、普通はライオンに近づかず、ほとんどの時間を親の巣穴の近くで過ごしている。

「トキソプラズマに感染した個体とそうでない個体で、ライオンに近づく距離に大きな違いがあることを目の当たりにしてがくぜんとしました」と、米ミシガン州立大学の行動生態学者で、論文の共著者であるケイ・ホールキャンプ氏は語る。
トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)は単細胞の寄生性原虫で、ネコ科動物を終宿主とするが、ヒトを含む哺乳類や鳥類を中間宿主とし、世界人口の少なくとも3分の1が感染していると言われている。この寄生虫はネズミなどの宿主を操り、イエネコなどのネコ科動物の近くで大胆な行動を取らせてネコに寄生することが知られる。しかし、野生の大型哺乳類に同じような効果を及ぼすことが研究者によって確認されたのは、今回が初めてだ。
加えて、トキソプラズマのように致命的な疾患は引き起こさない原虫が、野生動物の行動にこれまで考えられていたよりも大きな影響を与えていることを明らかにした点でも重要だ。
「この寄生虫の影響は、イエネコとその獲物であるネズミだけでなく、もっと広範囲に広がっている可能性があります」と、1988年からハイエナを研究しているホールキャンプ氏は語る。
自ら危険を冒すように
トキソプラズマは、ネズミや鳥類などの多くの宿主にも寄生し、無性生殖をするが、有性生殖はネコ科動物の腸内でしかできない。ほかの動物の体内にいるトキソプラズマにとって、有性生殖の機会は一筋縄では得られない。わざわざ捕食されようとする被食者などいないからだ。
そのため、マラリア症を引き起こすマラリア原虫と同じ胞子虫類原虫に分類されるトキソプラズマは、巧妙なトリックを身につけるように進化した。トキソプラズマに感染したネズミが、ネコの尿の匂いに強くひきつけられるようにしたのだ。ネズミがネコに近づけば、当然、捕食されやすくなる。
「トキソプラズマはネコ科動物の腸内で有性生殖することで、ゲノムをシャッフルして変化させることが可能になるだけでなく、安定な胞子を形成して、さらに多くの宿主に寄生できるようになります」と、論文の共著者である米コロラド大学ボルダー校の博士研究員であるザック・ローバック氏は説明する。