ディランのアルバムでもジョージの演奏が

ジョージ関連では、21年2月26日に発売されたボブ・ディランのアルバム『1970』(CD3枚組)にも注目したい。ここには『オール・シングス・マスト・パス』のレコーディング開始3週間前の1970年5月1日に行われたジョージとディランとのセッションからの9曲が収録されているのだ。いずれもラフな演奏だが、ポールによってビートルズ解散が公表された直後にもかかわらず、ジョージがディランとラフに演奏しているのを聴くと、彼がすでにビートルズでいることより、気の合うミュージシャンたちと自由に音楽活動を楽しもうとしていたことが伝わってくる。

ビートルズとして作品発表の機会が限られていたジョージは、解散期には何枚ものソロアルバムを制作できるほどの作品があった。ジョージはビートルズでアルバムを作ることになろうと、ビートルズが解散しようと、どちらに転んでもあり余る自分の作品をソロアルバムで発表するしかないと考え、早くからその準備を進めていたとも言われる。ジョージがビートルズ解散をめぐるポールとジョンのやりとりを「達観」して眺めていたのは、そんな意思を固めていたからかもしれない。

ソロ活動から見えてくる解散の意味

ビートルズ解散という事態に直面し、メンバー4人はそれぞれみずからの活動や内面を見つめ直すことになった。

ジョンはこれまで以上に内省的な、聴く者の魂までをもえぐり出すナイフのように研ぎ澄まされたアルバム『ジョンの魂』を制作した。

ポールは、これまでには見せたことがない内省的だが暖かさのある作品『マッカートニー』を生み出した。

ジョージはビートルズ時代に発表できずにいた曲を集めて3枚組のアルバム『オール・シングス・マスト・パス』を発表。内省的であるとともに、哲学的宗教的なメッセージ性が色濃くにじみ出た内容で、曲も詞もジョージにしか書けないどこまでも優しさに満ちた作品だった。

そして、自作曲もボーカル曲も少なく、ビートルズ時代には活躍の場が限定されてしまっていたリンゴはジョージの助けを借りながら作曲家として自立。遅ればせながら73年にアルバム『リンゴ』で多くのミュージシャンの協力を得ながらほのぼのとしたシンガーソングライターとしてソロデビューを飾ったのだ。

こうしてメンバー4人のソロデビュー作を比べてみると、4人のめざす音楽性やメッセージ性がそれぞれ異なる方向を向いていたことは明らかだろう。

多くのファンはビートルズ解散を惜しみ涙した。だがビートルズ解散後もメンバー4人は輝かしいソロ活動を続け、数々の名盤を世に残している。ビートルズもまたまるで解散していないかのように、今なおさまざまな「新譜」を発表し続けている。ビートルズ解散は間違いではなかった。今では多くのファンがそう考えるようになっている。

そして迎えたビートルズ解散50周年。パンデミックで1年遅れになったにもかかわらず、新作映画『ザ・ビートルズ:Get Back』は大きな話題を振りまきながら、6時間という長さで、11月25日から3回にわたりディズニープラスで配信される。

『ザ・ビートルズ:Get Back』 11月25日(木)・26日(金)・27日(土)ディズニープラスにて3話連続独占見放題で配信 (c)2021 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved. (c)1969 Paul McCartney. Photo by Linda McCartney

今秋以降にはその新作映画関連のリリースも目白押しで、映画のサントラ盤、旧作映画『レット・イット・ビー』のリストア版、ゲット・バック・セッションの未発表テイクなどを集めたアルバム『レット・イット・ビー』の50周年記念盤などが次々と発売される可能性がある。

解散から50年を経た今も、ポールとリンゴはこの世で新しい音楽活動に挑戦し続けている。ジョンとジョージはソロ時代の活動がより深く探究され、その作品とメッセージが伝承されている。そしてビートルズは現役ミュージシャンを上まわる話題を今なお提供し続けている。こうした事実こそが、なによりもビートルズが時代を超える存在であることを雄弁に語っていると言えるだろう。

広田寛治
1952年愛媛県松山市生まれ長崎県長崎市育ち。山梨県立大学講師などを経て、作家・現代史研究家。日本文芸家協会会員。『大人のロック!』(日経BP/ビートルズ関連)、文藝 別冊(河出書房新社/ロック関連)、ムック版『MUSIC LIFE』(シンコーミュージック/ビートルズ関連)などの執筆・編集・監修などを担当。主な著書に『ロック・クロニクル/現代史のなかのロックンロール(増補改訂版)』(河出書房新社)などがある。