都市型ワイナリー、渋谷や伊丹空港に ワイン民主化へスイミージャパン 深川ワイナリー東京(上)

ワイン醸造用タンクは来店客の目を引く
ワイン醸造用タンクは来店客の目を引く

ワイン醸造所の「ワイナリー」にはブドウ畑の広がる地方のイメージが強いが、東京・渋谷の真ん中や大阪国際(伊丹)空港のターミナル内といった「街中」にも都市型ワイナリーが出現し始めた。仕掛け人はスイミージャパン(東京・江東)の中本徹社長。ほとんど門外漢からワイン事業に飛び込んで、「都市型ワイナリー」の新マーケットをひらいた。既にワイナリー3カ所を構えたほか、新たに札幌や京都、神戸、福岡などでもプロジェクトが動き出していて、創業わずか5年で飲食店を含めて10店舗体制を築きつつある。

腰が低い。中本氏本人もそうだが、事業全体も「ワインのプロ」を気取らない人なつこさがある。もともとワインに詳しいわけでもなかった。「最初は通販サイトのアマゾンで入門書を買うところから始めた」というほどだ。「うんちくを競い合うような、ワイン知識を前提にした、ハードルの高い店にはしたくなかった」という通り、2015年に江東区白河でオープンした最初のワインバル「九吾郎ワインテーブル」以来、ビギナー層に開かれた店づくりに努めている。「そもそも私がソムリエでも何でもない」と、ワイン業界の風雲児は偉ぶる素振りを少しも見せない。

大阪府松原市の出身で、大阪学院大学の商学部経営学科を卒業した後、通販会社のフェリシモ(神戸市)に入社した。当初は「長く勤めるつもりはなかった」という。祖父も父も事業を営んでいたので、「早くから独立するつもりがあった」。しかし、結果的には約10年間をフェリシモで過ごし、中国・北京の駐在員事務所では代表も務めた。退社後もフェリシモ経営者とのつながりは続いていて、直近の事業でもパートナーになってもらった。

中本氏が自ら描いた自社のキャラクター「ワインマン」

通販会社に入った理由は事業面での懐の深さにひかれたから。カタログ通販会社は雑誌を編集する点ではメディアの性格を持つほか、オリジナル商品の開発では商社やメーカーのような、配送を手がけるという意味では物流企業のような多面性を持つ。「ビジネスのありようを広く学ぶ場になった」(中本氏)。何でも自分でこなす癖がついたせいか、今でも進んで手を動かすことが多く、「ワインマン」と呼ぶ自社イラストキャラクターも自ら描いた。

フェリシモ時代を振り返って、「失敗だらけだった」と言う。「バッグを7万個も作って、全然だめだったこともあった」。でも、幅広く仕事を任せてもらい、地力を養う10年間となった。中国でノウハウを得たうえ、ネットワークが広がったことを受けて、北京で独立。日系企業に広告や販促、コンサルティングなどのサービスを提供するスイミーチャイナを起業した。現地の日本人向けバーも経営し、ここで飲食業やワイン事業との最初の接点が生まれた。

2006年にはスイミージャパンを立ち上げ、中国進出の相談やマーケティングを手伝う事業にも進出。赴任先だった中国での経験を生かしたビジネスは広がりをみせ、取引先は200社に達した。順調に業績を伸ばしていたが、状況は暗転する。中国工場の不手際や広告原稿の確認ミスが続き、受注は細った。08年のリーマン・ショックも追い打ちをかけ、経営は行き詰まる。「大企業のおこぼれにあずかるコバンザメ商法はやめよう」。中本氏は中国事業に見切りを付けて12年に帰国した。

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