「カフェという存在は絶対に残る」

実際に小川珈琲が過去に生み出した潮流の事例として、宇田さんは有機栽培のオーガニックコーヒーを挙げる。同社が風味の優れたオーガニックの調達・販売に取り組み始めたのは95年ごろ。派手な広告は打たず、コツコツと販路を広げていった。今や同社はオーガニック分野で高シェアを握る。フェアトレードコーヒーも同様の経緯をたどった。結果的に、日本市場にサステナブル(持続可能)なコーヒーの文化を根付かせた。「今でこそサステナブルというキーワードは一般的だけど、当社はずうっと早くから意識してきた」と宇田さんは胸を張る。

OGAWA COFFEE LABORATORYでは21種類以上のコーヒーを常時そろえている。それぞれの風味の特徴を一覧できる「フレーバーコンパス」をメニューに載せている

アイデアの発掘も、商品化への試行錯誤も、徹底して社内で完結させる。そんな“内向き”志向だった同社が、なぜ今「オープン志向」にカジを切ったのか。

「従来の方法論は今後も通用します。でも数年前から、このままでは創造性の幅を広げられない、新しいものを生み出すスピード感が乏しくなる、そんな成長の限界も感じ始めていました」

プロダクトアウトのスタイルを貫くうえでも、多様な外部の発想を取り入れる必要があると気づいたのだという。同社は2014年に米国法人を設立し、トップに就任した宇田さんもボストンに拠点を移した。現地で様々な分野の人々と交流し、創造力を刺激されるなかで、より「オープン志向」の必要性を痛感したという。

数年後、改めて日本の市場に目を向けてみると、新しい世代がコーヒー業界に育ち始めていた。コーヒーに興味を持つ消費者が増え、嗜好も細分化していた。

「この若い人たちとオープンな場所で交流すれば、新しい文化をつくれるんじゃないかと思いました。それで、従来の開発思想とは正反対のオープンイノベーションに、日本で取り組んでみようと決心したわけです」

宇田さんはコーヒー市場の行く末を決して楽観視していない。それがイノベーションにこだわる理由の一つだ。

「家庭用コーヒー豆の売れ行きが伸びていますが、新型コロナウイルスの収束後にはほぼ元に戻るでしょう。カフェはオフィス街の低迷が続く一方、住宅街や郊外は繁盛が続く。米国では如実にこうした現象が起きています。やっぱり人は集まりたいんです。だからカフェという存在は絶対に残る」

「ただし、コーヒーの需要拡大については楽観できない。人口減とともに、長期的には日本のコーヒー消費は確実に減ります。だから次々と新しいアプローチを試みる必要がある。まだコーヒーを飲んでいない大勢の人たちのためにも。下北沢はそんな店の一つです」

「新たなコーヒー文化」の「文化」を「楽しみ方」や「市場」に置き換えてみれば、小川珈琲の思惑が理解しやすくなる。目の前の顧客をコツコツ収穫しながら、新たな市場を生み出す土壌をせっせと耕し続ける。ただ、かつては耕すのは1人だけだったが、今は協業する仲間が周囲に集まり始めている。新しい種は、それぞれの手の中にある。

(名出晃)

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