2021/7/12

インドのような中低所得国において信頼のおけるデータが得られないということは、つまり、本当の死者数を把握するうえではラワル氏のような草の根の活動が不可欠であることを意味する。ひいてはそれがパンデミックの軌跡の理解にも影響を及ぼす。

「過去の死亡率を正確に把握することは、さまざまな介入策の有効性を知るうえで重要であるのみならず、今後のパンデミックにおいて何が起こるかを正確に予測するのにも役立ちます」と、英インペリアル・カレッジ・ロンドンで感染症疫学を研究する博士研究員オリバー・ワトソン氏は言う。

「世界死者数データセット」

パンデミックの初期には、新型コロナの死者数を示す方法が各国で統一されておらず、それが過少報告につながった。そのため、実際の死者数をより正確に把握しようと、人口統計学者、報道関係者、経済学者などが追跡方法を開発し、それぞれが異なる角度からこの問題に取り組んだ。

アリエル・カーリンスキー氏の場合、きっかけはインターネットに出回っていたうわさだった。

カーリンスキー氏は、エルサレムにあるヘブライ大学の大学院生で、シンクタンク「コヘレト政策フォーラム」に所属する経済学者でもある。イスラエルが20年3月にロックダウン(都市封鎖)に入ったとき、ネット上では、コロナは例年のインフルエンザと同じくらい多くの命を奪っているといううわさが出回った。

これが本当かどうか興味を引かれたカーリンスキー氏はデータを探し始めたが、何も見つからなかった。そこで氏は、国や地域の統計局、さまざまな国でこの問題に取り組んでいる研究者にメールを送り、各国から独自にデータを収集し始めた。

21年1月には、ドイツ、テュービンゲン大学の研究者ドミトリ・コバク氏との共同研究を開始した。こうした活動から、95の国と地域の情報を含む「世界死者数データセット」が生み出された。英エコノミスト誌はそれ以降、このデータセットを用いて、新型コロナによる世界の死者数を独自に算出している。カーリンスキー氏の功績を認めたWHOは、パンデミックによる世界の死者数をマッピングすることを目指す技術諮問グループの一員として氏を招へいした。

カーリンスキー氏は驚いたという。「本来は、世界銀行や経済協力開発機構(OECD)など、わたしがやっているようなことをする組織があるはずです。各国からデータを集めてうまくまとめるのが彼らの仕事なのですから。しかしなぜだか、今に至るまでだれもこれをやっていません。現在、彼らはわたしのデータを利用していますが、これは不思議な感じがします。彼らはわたしやわたしのノートパソコンよりも、はるかに多くの予算を持つ公的な組織ですし」

簡単ではない超過死亡の算出

「世界死者数データセット」にデータの一つを提供したのは、インドのデータジャーナリスト、ルクミニ・S氏だ。カーリンスキー氏と同じく、ルクミニ氏は国内の出生・死亡を記録する市民登録システムにデータは存在すると考えている。そこで氏は、南インド、チェンナイ市における全死因の死亡データをかき集めた。

死因のデータが存在しないときにコロナの死者数を把握する手立ての一つは、超過死亡数だ。この数字は、人口増加を調整した後の平均的な年の死亡数と、パンデミックなどの例外的な状況があった年の死亡数との差を表している。

ただし超過死亡は、報告されなかったコロナによる死亡の可能性がある一方で、ロックダウン中に医療機関にアクセスできなかったなどの間接的な理由や、関連のない病気による場合もある。過去1年間の超過死亡を新型コロナ感染症と関連付けるためには、さらに多くの分析とデータが必要となるが、コロナウイルスの直接的・間接的な影響を理解するために、研究者が超過死亡数を参考にする例は増えつつある。

チェンナイの場合、2020年の死者数が7万4000人超であり、過去5年間の平均値より1万2000人多かった。20%の増加だが、同市で公式に報告された同時期のコロナによる死者数は4000人だった。

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