極限の高地に集う人 ペルー、ゴールドラッシュの裏側
ペルーのアンデス山脈では、危険な労働環境と有毒な化学物質に身をさらしながら、必死で黄金を探す人たちがいる。ナショナル ジオグラフィック7月号では、標高5000メートルという極限の高地で働く人々をリポートしている。
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アンデス山脈にあるラ・リンコナダは世界で最も高い場所にある町で、標高は5100メートルだ。
こんな場所に人々が暮らしているのは、高騰を続ける希少な資源、金が採れるからだ。過去20年間で金の価格は5倍以上に跳ね上がり、それに伴ってアナネア山に張りつくようにある町は、無秩序に拡大していった。いくつもある金鉱の入り口付近には、トタン板で作られた小屋がひしめき、湖はごみで埋め尽くされている。ここには3万~5万人が暮らすが、ごみの収集も下水道もないため、悪臭が鼻を突く。
坑道での事故や、けんかで命を落とす者も少なくない。金を売った稼ぎを奪われ、殺されて坑内に置き去られる鉱山労働者もいる。女性や少女が殺されることもある。人身売買業者にだまされて、ペルーやボリビアの都市から連れてこられた女性たちが、身分証明書を取り上げられ、ラ・リンコナダの薄汚い酒場や売春宿で働かされているのもよく目にする。
アナネア山では複数の小さな会社が鉱区をもっていて、そのうちの1社は450人ほどの協同組合のメンバーに鉱区を割り当て、運営を委託している。こうした委託運営されている鉱区は、労働条件や安全、環境の面で政府が設けた基準を満たしていないため、「非公式」とされている。しかし、高い基準の順守を目指す政府のプログラムに登録することを条件に、採掘が許されているのだ。
こうしてラ・リンコナダで労働者の健康がむしばまれ、アンデスの土地が汚染されているのをよそに、米国やスイスをはじめとする国々のバイヤーや精錬業者は、ラ・リンコナダの金を買い求め、加工し、金塊や宝飾品に変えている。そうなってしまえば、ペルーの無法状態の鉱山で採れた金だという印は何も残らない。
ペルーの人類学者ビクトル・ウーゴ・パチャスは、自国をはじめとする南米の国々における無秩序な金の採掘について調査している。「アンデスでは昔から、ラ・リンコナダのような小規模な鉱山での採掘が副業として行われていました。農業や牧畜で暮らしを立てている人々が収入を少しでも増やそうと、金鉱で働くこともよくあったのです」とパチャスが説明してくれた。こうした慣行はラ・リンコナダがあるプーノ県で少なくとも19世紀初頭から行われていたという。
非公式の鉱山を運営する請負業者は、町には住まず、日々の操業を信頼できる監督に一任していることも多い。その監督の下、労働者たちはダイナマイトと空気ドリルという前近代的な手段で鉱石を掘っていく。その後、小さな処理工場で鉱石を砕き、水銀やシアン化物と混ぜて金を抽出する。こうした金は中間業者の手で売買され、輸出されたりする。
労働契約はたいてい口約束で結ばれる。監督は、採掘する金の鉱脈に応じて1週間から数カ月間の取り決めで労働者を集める。彼らは食料と寝床を与えられるが、手当や賃金はなしだ。その代わり、「カチョレオ」というシステムが採られていて、月に1日か2日、その日に掘った鉱石を自分のものにできる。この日に何も見つからなければ、1カ月ただで働いたことになる。
労働者たちはこのシステムに不満を漏らすが、誰も本気で変えたいと思っていない。請負業者にとってはこの方が割安だし、労働者にとっても好きなだけ稼いで、いつでも辞められるという利点があるので、ほとんどの労働者が、一獲千金を夢見て、町にとどまり続ける。
坑道の入り口の外に積まれた廃石をあさり、金が残っている塊を集めて暮らす、「パリャケラ」と呼ばれる女性たちもいる。労働者の妻やシングルマザー、未亡人などが多く、やはり劣悪な環境に置かれている。わずかな金を探すために、岩石の粉や有毒ガスを吸い込んでしまい、鉱山に関わる人々のなかで最も弱い立場にある。
鉱石が大量の場合、金を抽出するためにシアン化物を使って処理されることが多いが、パリャケラが拾い集めたかけらや、カチョレオの日に労働者たちが掘った少量の鉱石は、金に結合する水銀を加えて砕き、アマルガム(合金)の塊を作る。それから買い取り業者に持ち込んで、ガスバーナーで熱すると水銀が蒸発し、金が残るというわけだ。
蒸発した水銀を回収する装置を使う業者もいるが、有害な蒸気にさらされるのは防ぎきれない。さらに、水銀の蒸気はラ・リンコナダの集落の上方にある氷河の上を漂い、氷の表面で凝結して、飲み水を汚染することになる。
闇市場に出回る金
ラ・リンコナダなど、ペルーの非公式鉱山から採掘された金が、指輪や時計に姿を変える頃には、この厳しい生産過程を経てきたという事実は消えてしまう。合法的な経路で販売される金もあるが、事務手続きや税金を免れるため、闇市場で金を売る鉱山労働者もいる。闇取引の金も、それらしい書類を整えれば、合法的に取引された金と見分けがつかなくなる。書類が本物に見えれば、規制を順守しているかどうかを調べるために輸出業者が鉱山を視察することはないのだ。
ペルー産の金の大半は、外国の精錬所に輸出され、その約3分の1がスイスへと運ばれる。世界の金の7割を精錬する国だ。
(文 バーバラ・フレーザー/ヒルデガルト・ヴィラー、写真 セドリック・ヘルベヘイ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年7月号の記事を再構成]
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