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U22
「研究室」に行ってみた。

2021/6/28

「研究室」に行ってみた。

ここでいうペアレントトレーニングとは、具体的にはこんなふうだ。

「まず、その子が楽しめる遊びを親子で一緒に遊ぶ時間を必ずとってもらいました。そして、その遊びを通して、その子がどんな遊び方をして楽しんでいるのかをしっかりと観察し、遊びに合わせてやりとりを広げるように練習していただきました。その結果、その子がどういう場面で安心でき、逆に何がその子を不安にさせ、しまいには感情を爆発するまでに追い込んでしまうのか、親がよく理解するようになったんです。爆発してからなだめるというこれまでのやり方から、あらかじめ見通しを持たせて、選択肢を示してあげられるようになって、お子さんも安心して世界とかかわれるようになりました。そうすると、家でかんしゃくを起こす頻度も減り、起こしても自分から気持ちを切り替えられるようになったということです」

この子の場合、幼稚園に行けないことが大きな問題になっており、なぜ行きたくないのか本人は口を閉ざしていた。幼稚園に行っていたときには問題なく過ごしていると幼稚園の先生は言うのになぜ行き渋るのか。これもペアレントトレーニングを通じて得た、その子が楽しめる遊びの中でのやりとりから突破口が開けた。

神尾さんは研究者であり、自ら治療にあたる児童精神科医でもある。

「これまでは、なにも教えてくれなかったのに、お母さんがごっこ遊びをしながら上手に聞き出しました。お母さんがウサギの真似をして、『あたしは幼稚園嫌いなんだけど』って言ったら、『ぼくもだよ』って答えたそうです。そこで『どうしたらいい?』って、ウサギに聞かせると『壁になればいいんだよ』って言うんですよ。びっくりしました。4歳でそんな事を考えているなんて!」

ぼくはこのエピソードを聞いた時、まずはクリエイティヴさに胸を打たれ、しんしんと愛しい気持ちがこみ上げてきた。と同時に、やはり胸を締め付けられるような感覚を抱かざるをえなかった。

「幼稚園に行ったら壁になるなんてすごく悲しいから、この子が園でも楽しめるように、わたし、園長先生にお手紙を書いたんですよ。でも『私は発達障害をよく知っているけれど、この子は違います』って園長先生に言われちゃったって。自治体の支援センターの方も園に説明に行ってくださったんですが、何かものすごい自信のある園長先生で、聞いてくださらなくて、がーんとなりました。お母さんももう園を替わろうかと考えていたところ、多分、気にしてくださったのか、あるときに園長先生がその子と一緒に遊んで、『どうして、あれしないの』って聞いたら、『ぼくね、元気ないの。これをしてるときは元気だけど、あれをするときは元気がないの』と言ったのが、何かすごい心に刺さったみたいで、ちょっと対応を変えてくれて、今では連続して通えているそうです。それも行くのが楽しみ! というそうですよ」

実際、この園長先生は、発達障害の子を多く見てきたベテランだと思われる。だから、自分なりに症候のイメージが確立していて、逆に診断閾下の子を最初はそれと認識できなかったということかもしれない。これは当の園長だけではなく、とにかく理解に乏しい扱いというのが、診断閾下の子たちにはよく起こりがちだそうだ。

「他のケースでも、普通学級でしんどい思いをしていて、親が通級指導教室を希望したら、学校から『もったいない、こんないい子が何で通級に行かなきゃいけないんですか』って言われちゃったりするそうです。でも、それは、おとなしくしているから先生から見ていい子なわけで、本人はすごく困ってるんです。やっぱり学校とか園って、まだ先生目線で、集団の場にとってやりやすいかどうかで判断されてしまうことがあります。その子がどういう体験をしているかは、なかなかまだ理解されてないですね」

つまり、診断閾下の子たちは、集団生活になんとかぎりぎり適応しているように見えても、とても無理をしていることがあり、それは既存の学校教育の枠組みでは見逃されがちなのである。

なお、同じ学校といっても、大学は学生の管理がとても緩やかだ。だからかなり楽かと言うと決してそんなことはなく、朝起きられずに単位を落とすなど「自己責任」ゆえの困難が起きることがある。また、さらに厳しいルールで動くことが要求されるような仕事、例えば成果主義の営業職などに就くと、そこで限界を超えてしまうこともある。

以上、神尾さん自身が経験したエピソードを中心に、若干、想像によって補いつつ説明してきた。

では、診断閾下であっても早期発見、早期支援がよい影響を及ぼすことについてよいエビデンスはあるのだろうか。一医師・研究者の実感ではなく、客観性の高い研究があるとより多くの人が確信を持てるのだが。

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