彼は移民の中では珍しく、ボスニアに残って亡命を申請することにした。ボスニアにやってくるほとんどの人にとって、ここは通過するだけの国だ。のろく、混乱しているという評判を聞いて、移民たちは幻滅してしまうのだとルンガロッティ氏は言う。それよりも彼らは、イタリアやドイツ、スウェーデンに着くことを夢見ている。彼らにとっては、そうした国々こそが「ゲーム」に勝つための方法なのだ。

ボスニアの人々が同じような願望を抱いていたのは、それほど昔のことではない。飢餓や民族浄化、性的暴力が吹き荒れた90年代の内戦は、第2次世界大戦以降、欧州最大の難民危機を引き起こした。

「歴史的に戦争が多かったというだけでなく、経済的な理由からも、ここは常に人々が去っていく場所でした」と、ガフィッチ氏は話す。「15世紀からずっとそうだったのです。あの時、他の国々が払ってくれた努力、私たちが窮地に陥った時に提供してくれた援助を考えると、私はこの国が何らかの恩返しをするものと期待していました」

アルジェリアからやってきた若者、ヤシールが、廃虚と化したサラエボの元老人ホームで祈りをささげる(PHOTOGRAPH BY ZIYAH GAFIC)
汚染された小川で服を洗い、水浴びをする移民たち。近くの廃工場に仮設の居住区を作っている。公の施設は満員のことが多く、屋外での生活を余儀なくされる人が多い(PHOTOGRAPH BY ZIYAH GAFIC)
モロッコからの亡命者たちが、不法占拠中の工場で食事を作る。ボスニア政府の分断によって、移民問題への対応は困難になっている(PHOTOGRAPH BY ZIYAH GAFIC)
ボスニアとセルビアの間を流れるドリナ川を渡る2人の移民。冬が近づくと、ドリナ川を渡るのはますます危険だが、それでもここはセルビアからボスニアへの最も一般的なルートだ(PHOTOGRAPH BY ZIYAH GAFIC)

(文 NINA STROCHLIC、写真 ZIYAH GAFIC、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年5月19日付]

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