「大人の意図をすぐに察知して、適切にふるまえてしまう生徒たちばかりです。でも、大人の言うことが必ずしも正しいわけでもなく、それを鵜呑(うの)みにするだけではいけないと伝える意図を込めています」

あいさつはすべきか? 読書するひとは偉いのか?

毎回のテーマについて、自分の意見を文章に書いて発表して話し合うのがこの授業の基本サイクル。たとえば「あいさつをし損ねて、後悔したことはないですか?」と問う。あいさつしようと思ってもできなかったり、逆にあいさつしたのに返事をしてもらえなくて傷ついたりした経験を話し合う。

「みんなにそれぞれの事情がありますから、いつでも気持ちよくあいさつできるとは限りませんよね。でもあいさつとは、『相手がそこにいることを認めています』と伝えることだと私自身は考えています。ですから、こちらからあいさつをして返事がなくても私は気にしませんという話を、生徒たちにはします。そうすると、彼女たちも気が軽くなるようです」

「読書」をテーマにするときは、「読書は本当に必要なのか?」と問う。「多くの大人たちは読書をしなくてはダメだと言うが、では、読書をしないひとたちはダメなのか」「スポーツや楽器をしなくてもダメとはいわれないのに、読書をしないひとにはダメというのはおかしいのではないか」という問いである。

現在地にはもともと東京女子高等師範学校の同窓会の事務所があった

「生徒たちの多くは、読書はしたほうがいいと刷り込まれています。読書にはほかでは得られない価値があることも生徒たちはわかっていますが、それでも『読書をしてこなかったひとがどうなっても自己責任だ』というのはちょっと違うんじゃないかということに、生徒たちは気づきます」

その延長線上に経済格差の問題にも触れる。

「本が欲しいといえば、その何倍も買ってこられちゃうようなご家庭に育った生徒たちがうちには多いと思いますけれど、それは決して当たり前のことではなくて、そもそもスタートラインが違っていることに気がつきます。これからさまざまなことを自分の頭で考えていく大前提として、自分たちは大変恵まれた特殊な立ち位置にいるということを、常に心の片隅に置いておいてほしい意図があります」

桜蔭の道徳は、既成の社会規範を押しつけるものではない。この社会でなぜそのような道徳が求められるのかを考えさせ、道徳の中の本質を抽出し、自分なりの道徳観とそれに沿った行動様式を成立させるためにある。このたびの新学習指導要領による、いわゆる「道徳の教科化」とは無関係に、昔から続けられてきた授業である。

桜蔭中学校高等学校(東京都文京区)
創立は1924年。東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)の同窓会組織である「桜蔭会」のメンバーが設立した。初代校長は後閑キクノ。昭和天皇の后である香淳皇后の教育主任を務めた人物でもある。1学年約235人。高校からの募集はない。2021年の東大合格者数は71人で全国7位。東大・京大・国公立大学医学部合格者数の直近5年間(16~20年)平均は105.4人で全国15位。卒業生には、歴史学者の加藤陽子氏、政治家の猪口邦子氏、イラストレーターの水森亜土氏、アナウンサーの黒崎めぐみ氏、タレントの菊川怜氏などがいる。

(中)桜蔭生「勉強してない」は嘘 書道部員が明かす本音

(下)桜蔭100周年で新校舎建築 あえてプールを残す理由

超進学校トップ10名物対決 (日経プレミアシリーズ)

著者 : おおたとしまさ
出版 : 日本経済新聞出版
価格 : 990 円(税込み)

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