それでも栽培は続いている
メキシコ政府が遺伝子組み換え大豆の禁止令をちゃんと施行すれば、メノナイトたちがそれに従うと信じる養蜂家は多い。ところが、メキシコ政府は禁止令を徹底させているとはいえないし、裁判所が命じた養蜂家との協議も実質的に進んでいない。
そもそも遺伝子組み換え大豆の種豆はどこから入り込んでいるのか? バイエルは関与を否定している一方で、遺伝子組み換え大豆が再び許可されるように努力すると表明している。バイエルの弁護士であるロドリゴ・オヘダ氏は、「遺伝子組み換え大豆と蜂蜜生産が共存できる道はあると信じています」と話した。
しかし、カンペチェ州のメノナイトとマヤの関係はもっと複雑だ。マヤの人々はメノナイトがつくり上げた農業主体の経済に組み込まれていて、多くのマヤの家族が養蜂だけでなく、自分たちを脅かす農業から得る収入に頼っているのだ。共有地をメノナイトに譲渡したスマベンの地主たち200人は、1人当たり100万円ほどを受け取ったと、この取引に家族が加わった養蜂家は明かす。メノナイトの農業に強く反対する人も含め、養蜂家たちは彼らの労働倫理やビジネスの才覚を称賛するのだ。
養蜂家のエディ・アリミ・サンチェスはこうした複雑な関係を体現している。彼は10年以上にわたってメノナイトに土地を貸して金を得てきた。そうしたことは、彼が暮らすコムチェンでは珍しいことではない。そして、遺伝子組み換えの大豆が栽培される畑の目と鼻の先で、サンチェスはミツバチを育ててきたのだ。
サンチェスはミツバチに異常が見つかっても、メノナイトを追い出さなかった。追い出したところで、自分で作物を栽培するための農機具も買えなければ、働き手も雇えなかったからだ。結局、サンチェスはミツバチをほとんど失ってしまった。そうなっても、遺伝子組み換え作物をやめさせる手だてがないことはわかっている。「何も打つ手はありません。最高裁だって何もできないんです」と彼は言う。
そう嘆きながらも、サンチェスはメノナイトを敵だとは考えていない。「彼らはいい人です」と彼は言う。「自然を壊すのだけが問題です」
(文 ニーナ・ストローリック、写真 ナディア・シーラ・コーエン、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年6月号の記事を再構成]