
季節や成長にともなって移動する生きものといえば、渡り鳥やサケを思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、サメも世界中の海を回遊する。たとえばホホジロザメには、南アフリカとオーストラリア沖を往復するものがいる。また、レモンザメは自分が生まれたバハマの小さな島の沿岸に戻ることができる。
サメのこうしたナビゲーションについては長年の謎だったが、2021年5月6日付で学術誌「Current Biology」に掲載された論文で、ウチワシュモクザメ(Sphyrna tiburo)が地球の磁場を利用して行くべき方向を判断できることが示された。
「サメが磁場を検知し、それに反応することを示す論文はほかにもありますが、サメに地図のような感覚があることを示す研究はこれが初めてです」と、論文の筆頭著者で、米海洋大気局(NOAA)の生物学者であるケラー氏は述べる。
サメのナビゲーションの理解が進めば、彼らの行き先を把握してより適切な保護区の設置に役立てられるかもしれない。サメは乱獲や汚染によって甚大な影響を受けており、海で暮らす18種類のサメやエイの数は、1970年に比べて70%減少している。
磁場を変えると動きが変わった
科学者たちは、何十年にもわたってサメのナビゲーションの仕組みを解き明かそうとしてきた。多くのサメは優れた嗅覚を持っている。これは目的地が近ければ役立つかもしれないが、匂いだけを頼りに長距離を移動するとは考えにくい。そのため、サメは地球の磁場を感じとって方向を判断するという説が有力だった。サメには電磁気を感じ取る器官があり、獲物の追跡に使っているが、それをナビゲーションにも使っているのかもしれない。
地球の磁場は場所によって異なるため、サメの頭には「磁場の地図」のようなものがあり、それによって自分の居場所がわかるという仮説もある。
サメを専門とするケラー氏は、この説を検証するため、20匹の若いウチワシュモクザメを米フロリダ州立大学の研究室に持ちこんだ。ウチワシュモクザメはシュモクザメの仲間で、繁殖のために生まれた場所に正確に戻ってくることから、実験の対象に選ばれた。
ケラー氏のチームは、まわりを銅線で囲んだ水槽に若いサメを入れる実験を行った。「銅線に流す電気の量を変えると、磁場が変わります」とケラー氏は言う。実際に頭に磁場の地図があるなら、磁場を変えればサメの動きが変わるはずだ。
実験の結果は予想どおりで、少なくとも何度かはサメの動きが変わることを観測できた。サメを捕まえたフロリダのメキシコ湾岸と同じ磁場を再現したところ、サメはさまざまな方向に泳ぎ回った。しかし、そこから600キロほど南の磁場を再現したところ、多くのサメが「北」に向かって泳ごうとした。