酸素が足りない インドのコロナ死者急増が語る盲点

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

2021年4月23日、インドのニューデリーで、新型コロナ患者の家族が空のボンベを積んだ荷車を押して、オールドデリーの酸素充てんセンターに急ぐ。新型コロナの第2波に襲われたインドでは、酸素不足が深刻だ(PHOTOGRAPH BY NAVEEN SHARMA, SOPA IMAGES/LIGHT ROCKET VIA GETTY IMAGES)

酸素投与は救命に欠かせない治療法のひとつだ。この数週間、インドで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の死者数が急増し、その大切さが改めて浮き彫りになった。インドでは、酸素を運ぶ急行列車が東部のアンガルからデリーなどに急ぐ一方、あえぎながら死んでいく家族を見守るしかない人々の悲痛な叫びが、ソーシャルメディアにあふれている。

新型コロナのパンデミック(世界的大流行)によって、ブラジル、ペルー、ナイジェリア、ヨルダン、イタリアその他の国々でも、病院が医療用酸素の不足に直面した。米国も例外ではない。ニューヨーク市やカリフォルニア州では、一時、危機的な状況にまで酸素供給量が減少した。インドの危機とあいまって、現在、酸素不足が世界の注目を集めている。

だが、こうした酸素不足はいまに始まったことではない。専門家は、低中所得国では毎年、救えるはずの多くの命が酸素不足によって失われており、パンデミックがその格差を深刻化させていると指摘している。

「酸素に関するシステムが長年にわたって非常に脆弱であったことを、新型コロナは露呈させました」と、低中所得国の医療に携わる国際的な保健機関、クリントン・ヘルス・アクセス・イニシアチブ(CHAI)のムフ・ラマトラペン氏は言う。「私が最も懸念していたのは、新型コロナのような事態が起きることでした」

命を救うために最も不可欠な要素の一つである酸素。なぜ、それを手に入れるのがこれほど難題なのだろうか。

酸素はどれほど重要か

地球の大気の大半は窒素が占めており、酸素は21%しか含まれていない。だが、世界保健機関(WHO)が国連児童基金(ユニセフ)と共同で作成した設備が行き届かない場所における酸素療法のガイドラインによれば、医療用酸素には82%以上の酸素濃度が求められている。第1次世界大戦当時、ヨーロッパ各地の前線でマスタードガスの被害を受けた兵士たちの治療に使用されたのが、現代の治療薬としての酸素の始まりだった。

酸素療法は、新型コロナ感染症や、低所得国の子どもの主な死因である肺炎など、呼吸器疾患には特に欠かせない治療法だ。血液中の酸素濃度が下がる低酸素血症は、肺炎がもたらす致命的な合併症のひとつで、臓器が機能を停止し始めてしまう。

「細胞を維持するためには酸素が欠かせません」。カナダ、アルバータ大学の小児科学助教、マイケル・ホークス氏はこう話す。ホークス氏は、ウガンダを中心とした太陽光発電式酸素供給プログラムを監督している。「私たちの体に血が流れているのは、酸素を細胞に供給するためなのですから」

その他にもさまざまな場面で酸素は救命に役立っている。低酸素血症は、重症のマラリアや心血管疾患から、患者が大量の血液を失う外傷にいたるまで、あらゆる病気の合併症として起こる可能性がある。医師が問題の原因を治療する間、酸素補給を行うことで時間を稼ぐことができる。また、手術で患者に麻酔をかける際も酸素が投与される。

「酸素は、医学界のあらゆる場面で使用されています」と、ラマトラペン氏は言う。

これほど重要な酸素だが、しかし、低中所得国の患者にとっては、必ずしも簡単に利用できるものではない。

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地域の事情に合った供給システムが必要
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