コロナ下、観光客消えた街 苦境に直面する野良猫たち
トルコのイスタンブールは、野良ネコが多いことで有名だ。
魚屋やレストランの前でくつろいだり、歴史的な建物の前でたたずんだりしている彼らは、ドキュメンタリー映画やインスタグラム、そして観光客が撮るスナップ写真の被写体となってきた。しかし、観光客が目にするのは、この街の野良の動物たちが直面する厳しい現実の一部にすぎない。
「島に引っ越してきた当時、たくさんのネコやイヌが冬に食べ物を求めてさまよっているのを見かけました」と、ジェム・アースラン氏は語る。
イスタンブール沖、クナル島(プロティ島とも)に暮らすアースラン氏は、島にいる約1000匹の野良ネコと約200匹のイヌを助けるため、「Empathy Association」を設立した。クナル島はバカンス地として人気で、夏には3万人の観光客でにぎわうものの、オフシーズンには300人ほどしかやって来ない。動物病院は本土にしかないが、悪天候時には本土へのフェリーが欠航することもある。
人が減ると、野良ネコや野良イヌたちはどうなるのか。昨年、このことは世界規模の課題として浮上した。新型コロナウイルスの大流行により、都市が封鎖され、観光業が停止したことで、人間だけでなく、世界中の何千万という路上で暮らす動物たちの生活も混乱に陥ったのだ。
徘徊するネコたち
ヨーロッパ南東部の国モンテネグロのコトルは、世界遺産であると同時に、イスタンブール同様、野良ネコが多いことで知られる。ネコの博物館まであるくらいだ。世界的に見ても、観光客に人気のある場所は動物にも好まれることが多い。伝統的な市場や緑あふれる公園、歴史的な地区などで、イヌやネコたちは休息し、安全に過ごすことができる。だが、そうした場所の多くで、観光客が減ったことによる影響はすぐに現れた。
「政府が飲食店を閉鎖した数日後には、動物たちが食料を調達していた大きなゴミ箱が空になっていました」と話すのは、モンテネグロの路上で暮らす動物を支援する慈善団体、「Kotor Kitties」の理事であるエイプリル・リン・キング氏だ。「近所のネコたちが飢えに苦しんでいるという手紙がたくさん届きました」
観光収入の減少も、動物に間接的な影響を与えた。「例えば、インドネシアのバリ島では、仕事を失った人々が故郷に戻ったために町全体が閉鎖されました」と語るのは、動物福祉団体「Four Paws International」の獣医師、キャサリン・ポラック氏だ。町に残った人々もいるが、野良動物たちを世話する余裕はない。新型コロナウイルスに対する根拠のない不安から、ペットの放棄が急増したとの報告もある。
街に動物が増える一方で、動物を追い払う人間が減ったため、動物たちにとっては交尾の機会が増え、個体数がさらに増えることとなった。おまけに、ソーシャルディスタンス(社会的距離)確保や予算上の理由で、避妊・去勢手術や譲渡プログラムが中断または制限された。
「ギリシャのアテネでは、空腹のネコたちがとても大胆に道路を横断するようになりました。しかも、都市封鎖で交通量が大幅に減少したため、車は猛スピードで走るようになっていて、命を落とすネコが増えました」。慈善団体「Nine Lives Greece」の共同設立者、コーデリア・マッデン=カネロプル氏はそう語る。同団体のボランティアたちは1000匹以上のネコに餌をやっているが、それでも街に住むネコの「ほんの一部にすぎない」という。
人の目が減ると、傷ついたり病気になったりした動物が慈善団体や自治体に報告される機会も減る。イスタンブール郊外には野良動物のための病院兼リハビリテーションセンターがあるが、センターの獣医師長であるアーメト・アリ・ヤグシ氏によると、スタッフが市民から報告を受ける件数はパンデミック(世界的大流行)前の半分になっているという。
動物たちを守る
動物たちを守るうえで、観光客や住民が果たしている役割は大きい。支援を必要とするイヌやネコについて報告することもそうだが、人々は動物のための慈善団体を設立したり、ボランティア活動をしたり、寄付をしたりする。しかし、パンデミックの影響でこうした支援が途絶え、多くの地元の団体が資金繰りに追われた。これによって、市民教育や、不妊手術プログラムをはじめとする医療的処置など、より長期的な解決策の重要性が改めてはっきりした。
とはいえ、観光業は必ずしも路上で暮らす動物のためになるとは限らない。「私たちが活動していたインドのある丘陵地では、地元の人たちが子イヌを家の外で籠に入れて観光客に売っていました」と、動物福祉団体「Humane Society International」のケレン・ナザレス氏は話す。また、土地によっては、観光シーズンを前に動物を毒殺することで、野良動物を敬遠するかもしれない観光客のために地域を「きれいにする」こともあるという。
新型コロナウイルスの大流行は、野良動物たちが置かれている脆弱な状況を浮き彫りにした。カフェを訪れた観光客の膝の上で幸せそうにしている「愛されネコ」がいる一方で、同じ街の何百、何千もの野良ネコたちがおそらく、病気や虐待、事故などに遭っている。どこにでもいそうなネコやイヌを取り上げた、かわいらしい写真や魅力的な旅行記は、こうした野良動物たちの数が、健康に暮らしていくには多すぎるという事実を覆い隠してしまう。彼らはインスタグラムの「いいね!」で食べていくことはできないのだ。
「コトルではネコが大きなビジネスになっています。どんな小さな観光客向けの店にもネコグッズがあふれていますが、そのお金がネコのために使われることはほとんどありません」とキング氏は言う。「私たちは、彼らが街の文化的な宝の一部として大切にされるべきだという考えを広めようとしているのです」
(文 JENNIFER HATTAM、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年5月3日付の記事を再構成]
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