■6位 現在の大阪城天守はいつ再建?
(1)大正6年 (2)大正15年 (3)昭和6年 (4)昭和25年

<25.0%> 大阪城(大阪市)天守は石垣も含め高さ約55メートル。高層ビル群を背景にした姿は壮観だ。1950年代からライトアップを始めた歴史があり、昼も夜も様々な角度からその威容を眺めることができる。広大な敷地を誇る大阪城公園は市民の憩いの場でもある。

豊臣秀吉が築いた当時の城はほぼ埋没しており、現在見ることのできる遺構は基本的に江戸幕府が築いたもの。昭和になり市民の寄付もあって秀吉時代の外観を目指した復元が進み、1931年(昭和6年)に現在の3代目天守が完成した。近代建築による復興天守の第1号とされる。(1)玉井良幸撮影。

<正解は(3)>

■7位 高知城の珍しい防護施設は?
(1)忍び返し (2)逆茂木(さかもぎ) (3)砲台 (4)障子堀

<26.2%> 高知城(高知市)には天守北東側の「石落とし」と呼ばれる攻撃用の開口部の周辺に、何本もの鉄剣を張り巡らせた「忍び返し」が設けられている。まさに忍者も近づけない防御設備で、天守に現存するのは唯一。軍事拠点であった城の性格を今に伝える貴重な施設だ。

逆茂木は先端をとがらせた木の枝を外に向けて並べたバリケードのような防御設備。敵の突入を防ぐ。障子堀は底を障子のように仕切って敵を狙い撃ちにする特殊な堀。山中城(静岡県三島市)のものが有名だ。(1)高知城管理事務所提供。

<正解は(1)>

■8位 諸大名を動員した築城とは?
(1)天下普請 (2)外様普請 (3)寄合普請 (4)大名普請

<27.8%> 普請とは建築工事のこと。江戸幕府が全国の諸大名に割り振って道路整備や河川工事をさせたのを天下普請という。なかでも知られるのが城郭の建築。江戸幕府にとっては権力を誇示すると同時に、諸大名の勢力をそぐ狙いもあったとされる。

天下普請で築かれたのは名古屋城=写真、鯱は現在一時的に屋根の上にはない=や江戸城、大阪城、二条城、彦根城などがある。諸大名にとっては負担が大きかったが、最新の築城技術を学べる利点もあった。現在各地に美しい城郭が残るのは天下普請が可能だったからともいえる。(1)上間孝司撮影。

<正解は(1)>

■9位 国宝指定の天守はいくつ?
(1)5 (2)8 (3)12 (4)16

<29.0%> 江戸時代かそれ以前に建てられて現代まで保存されている天守は12しかなく「現存12天守」と呼ぶ。いずれも重要文化財。この12天守のうち特に文化的価値が高い5つの城が国宝となっている。姫路城(兵庫県姫路市)、松本城(長野県松本市=写真)、犬山城(愛知県犬山市)、彦根城(滋賀県彦根市)、松江城(松江市)の「国宝5城」だ。

城の象徴である天守を持つ城郭建築の最盛期は関ヶ原の戦いの1600年前後といわれるが、多くは焼失や撤去、空襲で姿を消した。現在見られる多くの城は復元されたものだ。(1)尾城徹雄撮影。

<正解は(1)>

■10位 「天空の城」と呼ばれないのは?
(1)竹田城 (2)越前大野城 (3)備中松山城 (4)岩村城

<29.5%> 標高の高い山岳部にある城は雲の上に浮かんだように見える。「雲海の城」「天空の城」と呼ばれ、人気の写真スポットだ。竹田城(兵庫県朝来市)や越前大野城(福井県大野市=写真)、備中松山城(岡山県高梁市)などが有名だ。岩村城(岐阜県恵那市)は山城跡として知られるが、一般的には雲海の城とは呼ばれない。

雲海に浮かぶ城はいつでも見られるわけではなく、昼夜の寒暖差の大きい秋のよく晴れた早朝など、気象条件がうまく合えば眺めることができる。(1)大野市提供。

<正解は(4)>

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地域のシンボル 知識問う検定も