カラオケの定番曲が圏外へ
1年前と同じ楽曲は20曲中8曲。通常、カラオケランキングは、いったんヒットすると5年から10年かけてロングヒットするものが多いのだが、前年9位の中島みゆき「糸」(1992年、ただしカラオケでヒットし始めたのは2014年ごろ)、14位のスキマスイッチ「奏(かなで)」(04年)、17位のMONGOL800「小さな恋のうた」(01年)、18位の一青窈「ハナミズキ」(04年)、そして20位の秦基博「ひまわりの約束」(14年)といったカラオケ定番がすべてトップ20から外れている。12位の「残酷な天使のテーゼ」(1995年)だけは、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズの最新作が話題になったこともあり上位をキープしているが、この部分からもカラオケヒットが大きく変わったことが分かる。つまり、幅広い世代に支持されていたカラオケヒットが上位から一掃されたのだ。
これらに代わって、1位に男性シンガーソングライター優里が歌う失恋バラードの「ドライフラワー」、2位に今春まで高校生だった女性シンガーAdoが歌う本音に迫る歌詞や衝動的な歌唱が話題となっている「うっせぇわ」が上位入り。「ドライフラワー」がストリーミングで2億回再生、「うっせぇわ」も1億回再生を超える大ヒットとなっているが、これらは、CDアルバムどころかCDシングルも出ていない。20年のビルボードジャパンの年間1位となったYOASOBIの「夜に駆ける」も4位に入っているが、こちらもCDが発売された21年1月の半年前からカラオケ上位入り、18位のback number「水平線」にいたっては、動画サイトで公開されているのみで楽曲の配信すらされていない。7位の川崎鷹也「魔法の絨毯」も18年に自主制作で発売されたCD『I believe in you』に収録されていたが、2021年2月の調査時点で入手できるのは配信のみ(『I believe in you』は5月26日に全国発売が決定)。つまり、CDすら出していない(あるいは入手できない)作品でも、今やカラオケヒットは次々に出ているのだ。
これは、“ステイ・ホーム”によりスマホでの視聴時間が増えたことで音楽や動画のストリーミングがより密接になったことや、自粛期間が明けてからもカラオケは大人数で楽しむものではなく、カラオケBOXにせよスマホのアプリにせよ、若い世代が一人で楽しむというスタイルが大きく増えたことが考えられる。
これまではカラオケヒットの多くが幅広い世代に歌われるものが多かったが、今後はスマートフォンと親和性の高い若い世代に人気の楽曲がよりカラオケ上位を占めそうだ。とはいえ、今や中高年層まで当たり前にスマホを使っているので、スマホを経由した幅広い世代に愛されるカラオケヒットが出るのも、そう遠くない気もしている。
1968年生まれ。理系人生から急転し、音楽マーケッターとして音楽市場分析のほか、各媒体でのヒット解説、ラジオ出演、配信サイトの選曲(プレイリスト【おとラボ】)を手がける。音楽を“聴く/聴かない”“買う/買わない”の境界を読み解くのが趣味。著書に「記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝」(いそっぷ社)。渋谷のラジオにてレギュラー番組『渋谷のザ・ベストテン』放送中。
[日経エンタテインメント! 2021年5月号の記事を再構成]