立場で大きさ自在に変える アリの脳、可逆性の神秘

2021/5/14
ナショナルジオグラフィック日本版

インドクワガタアリ(Harpegnathos saltator)のコロニーで女王アリが死ぬと、働きアリの間で新しい長を決める戦いが始まる。戦いを勝ち抜いたアリは「ガマゲイト」と呼ばれ、脳の可逆的な縮小など、大きな身体的変化が起こる(NATIONAL GEOGARAPHIC)

ほとんどの種類のアリのコロニー(集団)では、繁殖できるのはオスと1匹の女王アリだけで、それ以外のメスの働きアリは不妊だ。しかし、インドクワガタアリ(Harpegnathos saltator)は違う。女王アリが死ぬと、働きアリたちが一風変わった戦いを繰り広げ、勝者が新たな女王となって卵を産めるようになる。新女王の卵巣は大きくなり、脳は約20%も縮小することが知られている。

新たな研究により、このインドクワガタアリの新女王が王位を降ろされると再び働きアリに戻り、脳と卵巣が元の大きさに戻ることが明らかになった。このような可逆的変化は、昆虫全体でも知られていなかった。2021年4月14日付で学術誌「英国王立協会紀要B:生物科学」に発表された論文の筆頭著者であるクリント・ペニック氏は、「このレベルの脳の可塑(かそ)性、しかも可逆的な可塑性は、非常に珍しいものです」と説明している。

女王の座を勝ち取ったガマゲイト

米ジョージア州にあるケネソー州立大学で生態学、進化論、生物学の助教であるペニック氏は、インドの西海岸沿いの森林に生息し、長く鋭い顎と大きな黒い目をもつインドクワガタアリを長年にわたり研究してきた。女王アリのように繁殖可能になった働きアリは「ガマゲイト(gamergate)」と呼ばれる。ガマゲイトは「既婚の働き手」を意味するギリシャ語に由来する言葉で、ゲーム業界の闇を暴露したオンラインハラスメントキャンペーン「ゲーマーゲート(GamerGate)」とは無関係だ。

インドクワガタアリは、コロニーのすべての個体が繁殖する能力をもつが、実際に繁殖できるのは女王アリの死後に行われる戦いを勝ち抜いたガマゲイトだけだ。小さな馬上やり試合のように、アリたちは触角で互いにつつき合う。

戦いにはコロニーの半分の個体が参加することもあり、最長で40日間も続くが、唯一の勝者を除き、すべてのアリは働きアリのままだ。

米オハイオ州立大学でアリの進化と化学的生態を研究しているレイチェル・アダムズ氏によると、優劣を決めるための複雑な行動はアリ以外の昆虫でも見られ、女王バチ同士による子孫を残す能力をめぐる争いなどが知られている。「けれどもこのケースでは、誰が生殖を担うかをめぐって、働きアリ同士が戦うのです」

戦いに勝ったガマゲイトの体内では、さまざまな変化が起こる。なかでも重要なのは脳が5分の1ほど縮小することだ。ガマゲイトは毒液を作らなくなり、行動も変化する。侵入者が来ると身を隠し、狩猟行動も一切しなくなる。

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