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友情はずっと続くと思っていたのに

就職してからの話題は主に「仕事のこと」。それぞれ違う職場で働いているにもかかわらず、会えばいつもお互いの仕事の話をしているので、まるで会話に登場する人物を知っているかのような錯覚がした。知り合ってから約10年、二人は29歳になっていた。青山さんは、この関係はおばあちゃんになってもずっと続くと当然のように思っていたという。

その頃、青山さんは交際していた人と「30歳を迎えるまでに結婚がしたい」と考えていた。職場でそう話すと、既婚の人からよく言われたのは「子どもは絶対に産んだほうがいいよ」。子どもを持つことに抵抗があった青山さんは、最初のうちこそ丁寧に理由を述べていたが、どうも彼女らは「子どもがいる=幸せ」だと言って聞かない。次第に、結婚の話題を出せばまた嫌な思いをするのではと、話をするのもためらうようになる。

「他人からの『価値観の押し付け』がこんなに嫌なものだと、このとき初めて感じました。このモヤモヤした気持ちを、早く朋子さんに会って話したい。分かってくれるのは彼女だけだと思っていました」

その頃、朋子さんには職場にライバル的存在がいた。自分の立ち位置が危ないと嘆き、その不安やいら立ちから、会うたびに悪口が増えていった。いつもなんでも話していたけれど、このときは朋子さんに自分の結婚話をするのは気が引けた。けれど、「しばらくしたら、またいつものように話せるはず」、そう思っていた。そんな状態が2カ月ほど続いたときだっただろうか。

ある日、新大久保のとあるバーで、朋子さんは珍しく酔っていた。当時、新大久保はK-POPや韓流好きだけでなく、多くの人でにぎわっていた。二人もその頃、ある韓流アイドルが好きで、新大久保でよく食事をしていた。その日も韓国料理店で食事をしたあと、2軒目はバーに行くことに。

楽しく食事をしたあと、思ってもみなかった言葉が飛び出した(写真はイメージ=PIXTA)

そこで青山さんは、食事のときに渡しそびれたカモミールのティーバッグを朋子さんに差し出した。「最近イライラして眠れない」と話す朋子さんのために、ハーブティーの専門店で購入したものだ。

「いつも話を聞くことしかできないけど、たくさん愚痴って! 眠れていないみたいだから、よかったらハーブティー飲んで」。すると朋子さんの口から、思ってもみなかった言葉が飛び出した。

「親友」だと思っていたのは私だけだったのか

てっきり、返ってくる言葉は「ありがとう」だと思っていた。けれど朋子さんはこう言った。「こんなのくれて、私のことかわいそうなやつだとでも思ってるの?」

びっくりした。そして彼女は普段飲まないような強いお酒をオーダーしている。完全に、悪酔いしていた。「私がどれだけつらいかなんて、由美ちゃんは分からないよね。こんなもので、なんとかなるとでも思った?」

青山さんはそのときを振り返り、こう話す。「正直、その後どう彼女と会話して、どうやって家まで帰ったか覚えていないんです」。伝票をつかんで会計をし、店を出て山手線に飛び乗ったところまでは覚えている。終電だった。朋子さんは横浜に住んでいた。車内で「どうやって帰るんだろう」と思った記憶がある。けれど、その後の記憶がぽっかりと抜け落ちているのだ。

翌日になっても、1週間たっても、朋子さんから連絡は来なかった。自分から連絡するのも癪(しゃく)だった。1カ月が過ぎた頃、青山さんは携帯電話から朋子さんの連絡先を消した。

「あんなに仲が良くて、なんでも話せていたのに。でも、『親友』だと思っていたのは、私だけだったのかも」

あれから8年。青山さんは今でもふと、朋子さんを思い出すという。「かつて『親友』だと思っていた人との縁を切るなんて、自分は性格が悪いなと思います。でも、あの時の私はそうするしかできなかった」。あの時の選択は正しかったのか、間違っていたのか。何を言えば、どうすれば良かったのだろうか。

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