つまり、本を読むというのは、ただやみくもに頭の中に知識のバベルの塔を構築することではなく、思想・知識・洞察・確信を融合し、ひとつにまとまった良識や正しい判断や行動に結びつけていくためのものです。

まず自説を立てて、それを強化し補強するために読書をして、自分の頭で考えるということが肝要で、これが単なる博覧強記の愛書家と、偉大な思想家や人類の進歩に貢献する人との決定的な違いなのです。

目的は「知識のバベルの塔構築」ではない(The Tower of Babel by Pieter Bruegel the Elder, 1563.)

また、「食事を口に運んでも、消化してはじめて栄養になるのと同じように、本を読んでも、自分の血となり肉となることができるのは、反芻し、じっくり考えたことだけだ」ともいっています。ショーペンハウアーが指摘するように、本を読む際には、単なる「教養」としてではなく、自分の生き方や考え方と照らし合わせてどうなのかを常に意識しながら、自身の行動と結びつけて読み進めてください。

「いい本を読む」と「悪い本を読まない」ことは同じくらい重要

次に、悪書は努めて読まないということです。

読んだ本というのは、良い意味でも悪い意味でも、その人の血となり肉となります。ですから、私は、読み手と書き手がポジティブな交流を持てる本でなければ、むしろ読まないほうが良いと思っています。

この点について、ショーペンハウアーも、

「悪書から被るものはどんなに少なくとも、少なすぎることはなく、良書はどんなに頻繁に読んでも、読みすぎることはない。悪書は知性を毒し、精神をそこなう。良書を読むための条件は、悪書を読まないことだ」

と書いています。

卑近な例で言いますと、寝る前にホラー映画や後味の悪い映画を見ると、必ずその嫌な場面が夢に出てきて良い睡眠が妨げられるので、私は夜には明るい前向きなものしか見ないようにしています。マイナスのエネルギーを持った夢が自分の脳内に固着してしまうのが嫌なので。

そういうこともあり、最近は筋の悪い映画やテレビ番組は見ませんし、単なる暇つぶしのための本も読まないようにしています。

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