中1のときに高橋校長による週1回の論語の授業がスタートした。

校長が独自に解釈した論語の解説をノートに一言一句漏らさず書き取り、それを清書し、さらに感想文を書いて提出する必要がありました。相当な手間がかかりましたが、それを約20人の先生が手分けして、コメントを書いてくれていました。

「高橋校長は『学力は人間力から生まれる』が口癖だった」と振り返る

1回目のテーマは「切磋琢磨(せっさたくま)」。高橋校長は「君たちはダイヤモンドの原石だが、今は何者でもない、ただの石ころのようなもの。だから、お互いに磨き合い、世界を築く礎になりなさい」と強調していました。まだ中1ですから、意味がよく理解できないのでポカーンと聴いていました。ただ、今でもたまにノートを読み返しています。社会人になって改めて思いますが、人には徳が必要ですね。

実は中1の時、「事件」が起こりました。ある日突然、私がいじめをしたとクラスで問題になったのです。全く身に覚えがなかったのですが、信じてもらえなかった。ただ、同級生が、いじめのあったという時間帯に私は他の場所にいたと証言してくれました。なんとか収まりましたが、最悪の気分になりました。

当時の私にはクラスメートからの信頼が欠けていました。有名中学にも次々合格し、入学した直後は慢心していた。勉強しなくても余裕でトップクラスだろうとおごり、遊んでいたら成績が一気に落ちました。人としての徳がなかったのだと思います。このいじめ騒動を通じて論語の必要性を痛感しました。高橋校長は「学力は人間力から生まれる」が口癖だったのですが、人間力も学力も欠けていた。当時は勝手にひねくれて勉強もしなかった。1学年約300人の生徒がいましたが、290番台だったと思います。

この頃は「問題児」だった。中1の時は30回ほど指導を受け、反省文は100枚ぐらい書いた。

ただ、いわゆる不良行為をやったわけではありません。とにかく校則が厳しかった。漫画などの持ち込みや男女交際は禁止。校門から入る際も一礼しないといけない。たまたま教師に見つかると、指導を受けるわけです。服装チェックも厳しく、「なぜ私のズボンからワイシャツがはみ出していたのか」という題名の反省文を書いたこともあります。ずいぶん反発しました。

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