8月2日に会って話を聞いたのは、「語り部」として震災の記憶を語り継ぐ相馬市の高村美春さんです。地元の人たちが未来に向けた「復興」にひた走る中で、11年3月11日に起きた地震と津波、原発事故とその後の避難生活を再現し続けることの重さ、孤独な闘いの過酷さに気付かされました。

その翌日に会ったのが、震災後に浪江町にできた福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)に勤める大平英二さんです。大平さんは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究員で、震災当時はジャカルタに赴任していたそうですが、3年前にFH2Rのプロジェクトに加わり、水素エネルギーの実用化に向けた研究をしています。この人もまた、強い使命感を持ち、色々なものと闘っていました。

この3人は震災との関わり方も、考え方もまるで違うのですが、なぜか僕は自分と共通する部分を感じました。それぞれの立場で自分が正しいと思うことを貫く。周囲から厄介者扱いされたとしても、やるべきことをやる。そんな覚悟を感じたからかもしれません。

――どうしたら震災の記憶を伝え続けられるか、との古川さんの問い掛けに、高村さんは「傷なのかな」と答えていましたね。

人間は生きていくために、色々なことを忘れます。忘れないとつらいから。震災から10年、今でも「傷」が残っている人間は覚えているけれど、そうでない人は自然と記憶が薄れていく。仕方がないことです。それに対して今も傷を抱えている人が、「何で忘れるんだ」と怒り続けなくてはいけないとしたら、そんな負のエネルギーを抱え続けないといけないとしたら、とても悲しいことだと思います。

僕自身は、人々の記憶は薄れていくということを認識した上で、忘れかけた記憶を取り戻す時間やきっかけを、日常の中に持ってもらえればいいなと思っています。本でも映像でも、それに触れると10年前の出来事を思い出し、さらに10年後の未来にも思いをはせることができる――そんな何かを持ってもらえれば十分かな、と。

――2月にも東北で最大震度6強の地震がありましたが、日本ではこの数年、地震だけでなく豪雨や台風の被害も多発しています。

言うまでもありませんが、日本は天災多発国です。5年ほど前に『平家物語』の現代語訳を手掛けましたが、800年前の日本の国土に生きていた人たちも、大地震や洪水などの天災にたびたび遭い、そのたびに悲しみ、そして祈っていました。古くから、日本人は天災と共に暮らしていたのです。それがいつからか、天災は「非日常」であり、人間がコントロールできるものである、という感覚に変わってしまった。

地球温暖化による異常気象は日本のみならず世界的な問題で、今後ますます増えるでしょう。でもどんな災害がいつ、どのぐらいの規模で起きるかは人間には分かりません。天災をコントロールしようとするのではなく、想像できないことがいつ起きてもおかしくないという前提に立って物事を考えることがとても重要だと思います。

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