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フランス地方都市の郊外スーパーにおけるヨーグルト売り場。1列すべてをヨーグルトおよび関連商品が占める、圧巻の光景

筆者の住むここフランスでは、世界のヨーグルト1人当たりの消費量ランキングは8位だ。フランスは一つの村に対してその村固有のチーズがあると言われるほど膨大な種類のチーズが存在する、言わずと知れた酪農大国。原料を同じくするヨーグルト(yaourt)も、フランスの人々にとって大変身近な食べ物だ。

筆者が渡仏して真っ先に驚いたことのひとつが、スーパーのヨーグルト売り場の大きさと種類の豊富さだった。牛の乳に限らず、羊やヤギの乳で作られたヨーグルト、ダイズからできたヨーグルトなども定番商品として陳列されている。ヨーグルト売り場とはいえ、見た目はヨーグルトにそっくり、味も似ているチーズもここにある。フロマージュ・ブラン(fromage blanc)、プチ・スイス(petit-suisse)、フェセル(faisselle)などだ。

フランスでは、料理というよりどちらかというと日本のようにデザート感覚で食べられることが多い印象だ。それにしても、毎回スーパーを訪れる度に、ヨーグルトの種類の豊富さには毎回目がくらむ。

ここで日本に目を向けてみよう。1970年ごろ、日本では市場にヨーグルトは出回っていたものの、砂糖や香料、果肉などを加えて日本人向けに味付けされたデザート菓子、子どものおやつといった位置づけで、無糖のプレーンヨーグルトは流通していなかったのだという。

明治の関根さんによると、「プレーンヨーグルト誕生のきっかけとなった運命の出合いは、70年に開催された大阪万博でした。『ブルガリア館』で当社のスタッフが本場のプレーンヨーグルトを試食したことが開発の契機となり、本場の味を再現するため、持ち帰ったサンプルを研究し、試作を重ね、何度もヨーロッパへ足を運びました」

そのかいもあり、日本初の無糖プレーンヨーグルト「明治プレーンヨーグルト」が誕生したのは71年のこと。しかし発売当初、プレーンヨーグルト独特の香りと酸味がなかなか一般的には受け入れられず、「腐っているのではないか」という苦情まで来るほど大苦戦したのだという。

1971年発売当初の「明治プレーンヨーグルト」。牛乳パックの形状をしているが、液状ではなく、現在のような固形のプレーンヨーグルトだった(写真提供:明治)

「実は開発当初より、商品名は『明治ブルガリアヨーグルト』とする予定で進めていたものの、ブルガリア大使館から『ブルガリアヨーグルト』の名称の使用許可が下りず、はじめは『ブルガリア』表記なしでの発売となったのです。ですが、この大苦戦の状況下で、本物の証、すなわちヨーグルトの故郷、ブルガリア由来のブルガリア菌を使用したヨーグルトであることを訴求したい。同時に、甘い、ゼラチンで固めた日本のヨーグルトと異なる、本場ブルガリアで食べられている『本物』のヨーグルトをぜひ日本の皆さんに楽しんでほしいという強い思いから『ブルガリア』のネーミングを冠することが不可欠だと考え、使用許可に向けて再度動き出しました」(関根さん)

ブルガリア大使館の姿勢は断固としたものであり、交渉は難航する。しかし、担当者の意志は固く、生産設備の見学会で徹底した品質管理をアピールするなどして、熱い思いを伝えた。関根さんはこう続ける。「この熱意と努力の甲斐もあり、72年にようやく国名の使用許可が下り、73年に『明治ブルガリアヨーグルトプレーン』という名称で発売するに至りました。この後、この『明治ブルガリアヨーグルト』が売り上げを拡大するに伴いヨーグルト市場全体も拡大し、結果、日本の食卓にヨーグルトが定着したのです」。

ブルガリア政府にも承認された正真正銘の正統派、「明治ブルガリアヨーグルト」。「本場ブルガリアで食べられている本物の味を日本に広めたい!」という当時の担当者たちの熱い思いに胸を打たれる。

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