「羊肉串」(2本で1200円)

真っ赤でいかにも辛そうだが、辛さよりも肉をかむほどに染み出るうまみの方が印象的。この一皿だけで、酒が何杯も進みそうだ。

一方、「羊肉串」はもち米の粉の衣で覆った肉を高温の油に入れ揚げた料理。中は軟らかい状態を保つよう気を付けながら、3度ほど油にジュッと入れ外側をせんべいのようにパリッと揚げるのだという。肉にかかったスパイスパウダーはトウガラシ、クミンなどを合わせたもの。同じスパイスを使った料理に、大きめにゴロっと切った皮つきのジャガイモを使ったポテトフライもあり、これも人気メニューだ。

さらに「江津肉片」は、ミニトマトが入った酢豚。トマト入り酢豚は、加藤さんが青ザンショウの産地である四川省の江津を訪れた際、現地で出合った料理だという。

「江津肉片」(1300円)

「四川省の江津では串切りのトマトを使っていましたが、井桁シェフがミニトマトの方がかわいいでしょうって」(加藤さん)と、「ジャンピングパンダ」ならではの料理が登場することに。豚肉は衣に米粉を薄く付け高温で一気に揚げているため、サクサクと意外なほど軽い食感。青ザンショウや、塩水に漬け乳酸発酵させたトウガラシのピクルスを使っていて、しっかりとしたうまみのある酸味が感じられる。酢豚であることを忘れるぐらいさっぱりしているので、1人で一皿ぺろりといけそうだ。実際、若い女性の1人客がこの酢豚をオーダーしたこともあるとか。

「酸菜魚」(1480円)

井桁シェフはもともと、「ジャンピングパンダ」で煮込み料理に力を入れたかったといい、3月からは加藤さんの発案で「酸菜魚(スワンツァイユイ)」がメニューに加わった。旬の白身魚とカラシ菜のピクルスを煮込んだ塩味ベースの料理だ。取材時にはプリっとした食感のタラを用いており、これがカラシ菜の酸味にとても合う。一緒に煮込まれている春キャベツの甘みもさらに味わいを引き立て、夜にはまだ肌寒さが残るこの季節に心地よく体を温めてくれる。四川料理といえばトウガラシを使った激辛料理をイメージしがちだが、四川省には自貢(ズゴン)という塩の産地がある。塩味ベースも同省料理の特徴なのだ。

実は井桁シェフ、現代の四川料理の勢いを肌で感じる一方で、50歳を超えてから伝統四川料理を伝える流派である「松雲門派(ソンユンモンハ)」に弟子入りしている。2018年のことだ。「最近はトウガラシやサンショウをたくさん用いるなど、見た目からインパクトがあるような料理が増えてきたが、そうした料理では繊細な食材の味を生かせないのではないか」と考え、改めて伝統の技を極めたいと思ったのだ。調味料も素材から自家製で作るのではなく、既製のものを安易に使う風潮にも疑問を感じていた。

四川省には「百菜百味(バイツァイバイウェイ)」、つまり100の料理には100の味があるという格言があり、一つの素材を100通りに料理することが求められる。24の味付けと56の調理法が確立されていて、その組み合わせで変化に富んだ料理を生み出すことができるのだ。

日本人がよく知るマーボー豆腐の「麻辣(マーラー)」味は、その中の一つの味付けにすぎないというわけ。中には、果物のライチを思わせるようなさわやかな甘酸っぱさのある味付けもあるという。「昔の四川には、トウガラシの香りを感じる料理はあっても、激辛料理はほとんどなかったんです」と井桁シェフは話す。これだけ奥深い料理が発達したのは、2000年近い歴史を持つ中国有数の古都である省都・成都では、家庭料理だけでなく宮廷料理が育まれてきたからだ。

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