
これまでの体験者の6割は中深煎りか深煎りを選択。単一農園の豆(シングルオリジン)の場合、1袋1500円前後のものを選ぶ人が多い。こだわりの強い人はエチオピアやグアテマラの豆にトライする傾向があるという。
「焙煎はコーヒーの味に大きく影響します。でも焙煎がどういうものかを知る一般の人は本当に少ない。これを知れば、コーヒーとの向き合い方、楽しみ方が大いに変わるはずです」
コーヒーに関心のある人は「焙煎」という言葉にどんなイメージを抱くだろう。焙煎機の傍らに立って感覚を研ぎ澄ませ、それぞれの豆の最高の味を引き出す条件を探り、試行錯誤を繰り返す職人の姿か。プロにとっては真剣勝負の作業であり、とても素人には立ち入れない世界、ととらえるファンも多いだろう。そんな心理的ハードルを下げ、焙煎をより身近に感じてもらうことが、この体験サービスの狙いだ。
前田さんにとって、焙煎はコーヒー業界への「入り口」だった。学生時代、伸び盛りの外食チェーンにアルバイトとして入り、20歳そこそこで社員に接客などの業務を教えるトレーナーに抜てきされた。そんな折、父親のリタイアにあわせて両親が自家焙煎の店を開くと言い出す。前田さんは店作りを任された。
目の前には購入したての1キロ釜焙煎機。だが、前田さんには焙煎の経験がない。誰か師匠を探そうにも開店まで半年もない。関連書籍を何冊か読むと書いてあることが微妙に違う。ならばセオリーは押さえつつも、自分オリジナルの焙煎を目指せばいい、と独学を決め込んだ。「かえって師匠のカラーが染みつかなくていいんじゃないかとも考えました」。そして開店。お客の好みを聞きながら豆を選び、目の前で焙煎して販売する運営スタイルを固めた。両親の店は今も目黒区で営業を続けている。

前田さん自身は教員免許を取るも、外食コンサルティング会社に入社し、07年に独立してJINフードを起業した。開業支援などのコンサルに携わるなかで、改めてコーヒーに向き合ったのは12年。東日本大震災の影響で、当時経営していた飲み屋が苦戦したこともあり、珈琲や1号店を東京の新中野に開く。以降、フランチャイズチェーン(FC)も含めて店舗網を広げ、現在までに東京西部に4店、縁あって台湾に2店を設けた。豆売りは200グラムから。両親の店同様、注文を受けた後にその場で焙煎し、「1人のお客様のために」焼きたてを販売するスタイルだ。
「僕もコーヒーは大好きだけど、それが理由でこの仕事を始めた訳じゃない。だからコーヒーとのつき合い方をドライに見ているところはあります。自分がつくった味を、これおいしいから、と提供するのでなく、お客さんがおいしいと思う味にどう寄せていくかが大事だと思う。だって、お客さんがおいしいと思う味は千差万別だし、楽しみ方も千差万別じゃないですか」