「東大生ピアニスト」と言われていたときのプレッシャー

「YouTubeでファンが増えたことは自信につながった」(角野さん)

――順風満帆に失敗の少ない人生を歩んでいる印象がありますが、プレッシャーやコンプレックスに悩むこともありますか。

「一時期『東大生ピアニスト』と言われることが非常に多かったのですが、それはピアニストとしての中身が伴って初めて成立する肩書です。そうでないと単に『東大生』というピアニストと何の関係もない要素が加わっただけで、音大にも行っていないし、きちんとした音楽教育を受けていないと思われかねない。そうならないために、東大生であるということとは全く関係なく、自分の立ち位置を確立しなければならないというプレッシャーはずっと感じていました」

「コロナ禍の昨年3~4月は家にこもって、作編曲や演奏動画を配信するYouTube活動に集中していました。2019年と比べても2020年はピアニストとして自分が思っていた活動がやりたいままに実現できた気がしますし、YouTubeのチャンネル登録者数も5倍、6倍と伸びていったのは、すごく自分の中での自信につながりました。それもあって最近は東大生ピアニストという肩書は気にならなくなりましたね」

いつか「AIオーケストラ」を

――今後の展望、目標は。

「現在の肩書はピアニストですが、『音楽家』になりたいと思っています」

――「音楽家」とは。

「明確な定義はありませんが、(グラミー賞を受賞した)イギリスのマルチ楽器奏者ジェイコブ・コリアーのように、演奏の裏にある『音楽を表現』するという部分を強く持った人や、創造性の高い人が音楽家だと思います」

――どんな音楽を作りたいですか。

「クラシック音楽はめちゃくちゃすごい人類の遺産だと思っています。ですが、このままだとどんどん過去の音楽になってしまう。それが怖い。だから僕はクラシックを他のジャンルと掛け合わせて新しいものを作っていきたいと強く思っています」

――音楽とAIの組み合わせで何かやってみたいことはありますか。

「いつか自分の演奏を完全再現できるAIができていたら面白いなと思います。自分がこうすれば相手(AI)はこう返してくるということがわかっているから、デュエットしたら自分の表現の幅が2倍になる。そういうのがいくつもあれば、自分の思い通りに演奏できる機械のオーケストラができるはずです。しかも機械なのでものすごく高度な曲でも練習する必要がない。AIでそういうことができるようになったら、おそらく新しいものができるんじゃないでしょうか」

角野隼斗
1995年生まれ。千葉県出身。開成高校卒業後、東京大学工学部に進学。2018年、ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、および文部科学大臣賞、スタインウェイ賞を受賞。19年リヨン国際ピアノコンクール第3位。これまでにブラショフ・フィル、日本フィル、千葉響などと共演。18年9月より半年間、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)にて音楽情報処理の研究に従事。留学中にクレール・テゼール、ジャン=マルク・ルイサダに師事。20年、東京大学大学院を修了。

(聞き手はライター 橋口いずみ)